なまえが目を覚ましたのは、それからおよそ三時間ほど経ってからだった。昨日の任務で対象がなかなか潰れず、慣れない酒を飲んだせいか頭が割れそうなほど痛い。それでも体に感じる柔らかい感触になまえは安堵する。ほう、と息を吐きぼんやりと見知らぬ天井を見つめてなまえはあれからどうしたかを思い返す。しかし、門に辿り着いたまでは思い出せたもののそこから先がどうしても思い出せない。今の状況から考えて誰かが自分をここまで運んで寝かせてくれたのは間違いないだろう。しかしそれが誰で、なおかつここが何処なのかまったく解らない。大きな溜め息をひとつ零すとなまえは諦めたように目を閉じた。その瞬間、脳裏に浮かんだのは昨日任務前に会った花とシカマルの姿だった。寄り添うように立つ二人の姿を思い出し、らしくもないと頭を振る。自分はあの光景を誰よりも喜んでいたはずだ。幸せそうに微笑む花、そしてそれを見守るシカマル──なのに何故、あの瞬間心がちくりと痛んだのか。


「頭痛い……」


 いくら考えても答えの出ない問いにとうとうなまえは考えることを放棄する。その瞬間、からりと軽い音を立てて開かれた障子の向こうから現れた姿になまえは思わず目を見開いていた。


「起きたか」
「シ、カマル……?」


 湯呑みをふたつ乗せた盆を片手に部屋へと入ってきたシカマルは、状況が飲み込ないままのなまえの傍らに腰を下ろすとおもむろに湯呑みをひとつ差し出した。飲め、ということだろうか。おそるおそる湯呑みを受け取ると薬のような臭いが鼻を突き、なまえは思わず眉をひそめる。いや本当に薬なのだろうが、それはどうみても毒としか思えない色をしていた。


「……薬、なんだよね?」
「まあ一応」
「一応って……」
「いいから飲め」
「……」


 言われてなまえは再び湯呑みの中を覗き見た。少量とはいえ、それは飲むにはかなりの勇気がいる代物だ。しかし横からの刺すような視線は飲まないという選択肢は与えてくれそうにない。渋々湯呑みを傾けたなまえは固く目を瞑り一気に中身をあおって口に流し込んだ。


「っ、……うっ、……ゴホッ、ゴホゴホッ! まっず!」
「自業自得だな」
「み、ず! 水ちょうだい!」
「ほらよ」


 意地が悪い──差し出されたもうひとつの湯呑みを受け取りながらなまえは涼しい顔をしたシカマルを睨みつけた。こうなることが解っていて最初からふたつ湯呑みを用意していたのだろう。それならそうと言ってくれたなら、こんなに苦い思いをすることもなかったのだ。恨みがましいなまえの視線など、まるで意に介さないシカマルの態度になまえは内心で舌を出した。


「大変結構なお味でした、そして大変お世話になりましたもう帰ります」
「まだ休んどけ」
「大丈夫、家で寝るから」
「ふーん……」
「……なに」
「いや。弱いんなら飲まなきゃいいのにと思っただけ」
「っ、」


 シカマルにしてみればそれは純粋に善意から出た言葉だった。しかしなまえはその言葉の裏に含まれた意味を瞬時に理解した。自分が花の親友だから──自分に何かあれば花はきっと嘆き悲しむ。そしてシカマルは花を悲しむ顔を見たくないのだ。思考を読み取ったなまえは言いかけた言葉を飲み込んだ。花に心配をかけたくないのはなまえとて同じだ。しかしだからといって、自分が任務に就かなければ昨日の自分が花だった可能性もある。花のことを思うからこそ、なまえは自分の身を任務に差し出しているのだ。なのに──


「……帰るよ」
「ホントに帰んのかよ。もうすぐ花も、」
「っ、帰る!」
「あ、おい!」


 布団が乱れるのも構わず飛び起きたなまえは走り出した。唇をきつく噛みしめ、ただひたすら足を動かす。途中、花らしき人間とすれ違った気がしたが、今は誰だろうと会いたくなかった。自分という存在がひどくちっぽけなものに思えて、なまえは目頭が熱くなるのを感じていた。


.
[ 4/6 ]

|



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -