「花!」
「あ、なまえ」


 またか──背後からかけられた声にシカマルは内心舌打ちをした。振り返った先には、喜色満面で自分の隣にいる花へと手を振りながら駆け寄ってくる見慣れたなまえの姿があった。


「今日もシカマルとデート?」
「声が大きいよなまえ……」
「あ、ごめん。久々に花に会ったからテンション上がっちゃった」
「うーん、そっか。言われてみれば確かに久々かもね」
「うん!」


 へへ、と笑うなまえを見下ろしながら、久々というなまえの言葉にシカマルは眉根を寄せた。そんなはずはないだろうと反論したかったが、肝心の花が肯定してしまってはどうしようもない。それにシカマルと付き合い始めてから花はなまえよりもシカマルと過ごす時間の方が増えたのは事実だ。もっとも、それはシカマルがマメに花を誘っているからだ。それに対して花は二つ返事で応えてくれているのだから──そう思えばなまえの言葉にも納得せざるを得ない。


「なまえは今から任務なの?」
「うん。花の姿が見えたから」
「気をつけてね」
「大丈夫。花こそ楽しんできてね」
「ふふ、ありがとう」
「じゃあね」
「うん」


 駆け寄ってきた時と同じように、手を振りながら走り去るなまえを見送って、ようやくシカマルは安堵の息を吐いた。花との時間は、たとえ花の親友であるなまえでも邪魔されたくない。もしこれでなまえに任務もなく花がなまえを誘っていたなら、シカマルは露骨に嫌な顔をしただろう。それに──


「なまえ……今日もシカマルと目、合わせなかったね」
「……ああ」


 これがなまえに対してシカマルがあまり良い感情を持てない要因のひとつだった。顔をこちらに向けていてもなまえとシカマルの視線は決して交わらない。意図的にそうしているのだとシカマルが確信するまでにそう時間はかからなかった。あからさまななまえの行為に花が疑問を抱くくらいだから、どうやらシカマル以外にはそうではないらしい。実際にチョウジやキバと話しているなまえは、いたって普通に視線を交わしているように見えた。だからこそ面白くない。まるでなまえに存在を認められていないようで、花と付き合っていることを否定されているようで気に入らないのだ。


「解んねえよ……」


 そうしてシカマルはなまえについて考えることを放棄した。自分の目の前には愛しい恋人がいるのだ。今はその時間を大切にしたいと花の手を取ったなら、シカマルはなまえのことを頭の隅へと追いやったのだった。


□■


 シカマルの脳裏に昼間のなまえが浮かんだのは真夜中、額を片手で覆ったなまえが門の柱に寄りかかっているのを見た瞬間だった。任務から帰ってきたのだろうその姿がひどく疲弊しているように見えて、シカマルは思わず足を止めてなまえを見つめる。単独任務だったらしく、そこにはなまえ以外誰の姿もなかった。元来シカマルはめんどくさがりではあるが面倒見の良い男である。特に仲間に対しては悪態を吐きながらも決して見捨てることはない。しかしそれはいつもならの話であって、昼間のなまえの態度はシカマルを躊躇させるには充分な理由となっていた。それでもなまえがずるずると柱にもたれかかったまま座り込んでしまったことで、シカマルはとうとう足を踏み出してしまったのだった。


「おい」
「……」
「おい、大丈夫か」


 浅く呼吸を繰り返すだけで、なまえの口から声が発せられることはなかった。そのかわりとでも言うように酒気がなまえの体にまとわりついている。対象に近付き、酒の力を借りて情報を得る──単純だが一番手っ取り早い作戦が頭に浮かんで、もう一度なまえに視線を向けるとシカマルは溜め息をひとつ零した。


「敵を侮ることなかれ……基本だろが」


 完全に意識が酩酊しているなまえに呟いた言葉は届かない。シカマルはまたひとつ溜め息を零すと、なまえの小さな体を抱きかかえ歩き出したのだった。


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