「あれなまえちゃん、今帰り?」


 夕暮れが街を橙色に染める時間帯、任務の報告をするために待機所に向かっていたなまえは聞き覚えのある声に足を止めて振り向いた。


「……チョウジ」
「久しぶりだね。あ、ポテチ食べる?」
「いらない。それより何か用だった?」


 差し出された袋を手で制して呼び止めた理由を問う。そんな素っ気ないなまえの態度に苦笑しながらも、花以外にはそれが常であると理解しているチョウジはそれ以上強くは勧めてこない。


「ううん。特に用って訳じゃないけど、なまえちゃん疲れてるみたいだったから」
「任務だったし」
「そっか。ねえ、この後さ、」
「私、報告行くから。じゃあね」


 チョウジに最後まで言わせずに早口で告げたなまえは踵を返そうとした。任務で疲れていたなまえにとって、チョウジの穏やかな笑顔は精神を逆撫でするものにしか感じられない。あの笑顔に癒やされるのだといつしか花が騒いでいたが、癒やされるどころかむしろ苛立ちすら覚えてしまう。そんな自覚があるからこそなまえは早々にここから立ち去りたかった。それなのに動けなくなったのは、ひとえになまえの腕を掴んだチョウジの力の強さのせいだった。


「……なに?」
「花ちゃんも来るよ?」
「っ、」
「もちろんシカマルも一緒だけどね」
「……」


 チョウジの言葉になまえは内心舌打ちをした。まるですべて解って言っているようなチョウジの口ぶりになまえは更に苛立ちを募らせる。なまえはチョウジのそんなところが苦手だった。人の良さそうな笑みを浮かべながら、その裏で何を考えているのかまるで読めない。もしかしたらチョウジに他意はないのかもしれないが、それでもなまえの直感がチョウジに関わるべきではないと告げていた。


「仲良いよね。あの二人」
「……恋人だからね」
「羨ましくならない?」
「別に」
「ふーん。ボクは羨ましいけどなあ」
「へえ」


 心底どうでもいいチョウジの呟きになまえは頭を抱えたくなった。さっきからチョウジが一体何を言いたいのか理解できない。


「なまえちゃん」
「なに」
「今日……なんの任務だったの?」
「っ、」


 核心を突いたチョウジの言葉になまえは思わず息を飲んだ。知っている。この男は何もかもを知ってなお、忍を辞める気はないのかと暗に自分に問いかけているのだ。


「なまえちゃん?」
「……ただの情報収集。それ以上は守秘義務があるから」
「それ……本当は花ちゃんの任務だったんでしょ」
「……私がどんな任務にあたろうとチョウジには関係ない」
「それじゃ花ちゃんのためにならないよ。もちろんなまえちゃんのためにもね」
「私がただやりたかっただけだから良いじゃない」
「なまえちゃん」
「うるさい。干渉しないで」


 掴まれていた腕を振りほどき、今度こそなまえは歩き出した。束ねた髪を揺らし小さくなっていくなまえの背中を見つめながら、チョウジは深く息を吐く。自分が疎まれていること、そして必要以上の干渉をなまえが望んでいないこともチョウジは理解している。それでも自分を顧みないなまえの姿を見ていられないのだ。先ほどの任務の件が良い例だった。花は中忍であるにもかかわらず、その手を汚す任務に就いたことは一度もない。そういった任務は花に伝えられる前になまえによってすべて差し替えられているのだ。そしてその事実はもちろん花には知らされない。これがなまえが抱えている唯一にして最大の花への隠しごとだった。


「……なまえちゃんだけが傷付くことはないのに」


 もし花に事実を話したらなまえはどんな反応を見せるのだろうかとふと考えて、チョウジは諦めたように首を振った。考えるまでもない。きっとなまえは花にだけ見せる笑顔でバレないように平然と嘘を吐き、任務を差し替え続けるのだろう。花のためだけに──ただそれだけの思いで受け止めるには割に合わない任務の方が断然多い。それこそ女を武器にして情報収集しなければいけないこともある。それでもなまえはまるでそれが当たり前だと言うように任務をこなし続けるのだろう。それでも、それでも──


「──、」


 呟いた言葉は緩やかに吹く風に掻き消された。すでに雑踏の中へと紛れ込んだなまえの背中はもう見えない。それでもチョウジの瞳はなまえの歩いていった道をいつまでも見つめ続けていた。


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