「……」


 朝、学校へ行こうとドアを開けて私は絶句した。黄、茶、黒の頭と思わしき物体が地面スレスレの位置に並んでいる。しかもきれいに横並びして私の家の方を向いていた。なにコレ怖い。


「……」


 よし、無視しよう。こんな得体の知れない物体に関わっていたら学校に遅刻する。一応善良な市民として警察に一報入れといた方がいいだろうか。それにしてもなんだか見覚えのある嫌な色だなあ。そう思いながらそっと忍び足で一歩踏み出した瞬間、私の右足を何かが掴んでいた。


「ひ……っ!」


 ヤバい殺される。まだ朝だけど、ホラー要素ばっちりなその状況に私はパニック状態に陥っていた。おそらく目も血走っているだろう。そんな恐怖に我を忘れた私の行動を誰も咎めることはできないだろう。


「は……離せ悪霊ー!」
「ぐはっ!」


 気がつけば足首辺りにいた黒色の物体を学校指定(推定重量三キロ)のカバンで殴りとばしていた。きれいな放物線を描いて地面へと落下する物体は、よく見れば人の形をしていた。


「シ……シノーッ!」


 残り二つの物体もよく見れば人の形をしていた。しかし、まださっきの恐怖覚めやらぬ私はこれ以上関わりたくなかった。幸い、黒色の物体を殴りとばした時に足首も自由になった。よし逃げよう。


「待っ、て……く、れ」


 走り出した瞬間、低い地を這うようなうめき声が聞こえたような気がしたけど、私の足が止まることはなかった。なぜなら帰りに神社でお祓いしてもらうことで頭の中はいっぱいだったからだ。ホラー怖いよマジで。



□■


「ふーん……それで謝るどころか一言も会話できなかったんだ?」
「お、おう……マジで怖かったのなんのって」
「そうだな……あれはもはや女じゃねえ。ゴリラだゴリラ」
「……」
「シノ?」
「……昨日のあのキレ方、そして今朝の暴力行為。シカマルはアレのどこに惹かれたんだ……?」
「その前に自分たちの行動を鑑みたら?」
「っ、昨日はともかく今朝は謝りに行ったんだぞ!? 羞恥に耐えて土下座までして!」
「普通に謝ればよかったんじゃないの? 逆にボクがあの子なら完璧引くよね気持ち悪い」
「そ、そんな……!」



□■


「えー! なにそれ気持ち悪い!」


 教室で今朝の恐怖体験を友達に話すと一様に同じ答えが返ってきてホッとする。やっぱり殴って正解だった。無事に逃げられたことに安堵しつつも、心配なのはこれからだということに気付いて肩を落とす。


「しばらく一人で行動しないほうがいいんじゃないの?」
「うーん……どうしようかなあ」
「みょうじ」
「んあ?」


 不意に聞き慣れない声に名前を呼ばれて反射的に顔を上げた。そこには多分クラスメイトであるオールバックちょんまげくんが立っていた。名前がどうしても思い出せないので視線で友達に助けを求めてみるが、なぜかみんな瞳をキラキラさせて、私ではなくそのちょんまげくんを見つめている。スルーされたことに少しイラッとしたが心の広い私は許してあげることにした。んで誰だっけこのちょんまげくんは。


「な、奈良くん!」


 あ、ナイスタイミング。よかった疑問がひとつ解消した。いや待て。その奈良ちょんまげくんはなぜ私を呼んだのだろうか。どうでもいいが友達の視線がやたら痛いのも疑問だ。


「あ、あのよ……ちらっと聞こえたんだけどよ……みょうじがよければ、その、オレが送ってくけど」
「……は?」


 どうしよう寒い。なにが寒いって、この奈良ちょんまげくんの行動だ。話を聞いたまでは良しとしよう。そこからなぜ首を突っ込んだ。さらに言うなら無意識に頬を染めないでいただきたい。私の周りの女の子の目がハートマークに早変わりしてるじゃないか。これはぜひともお断りしないと、後々めんどくさいことになるのが目に見えている。


「い、いやあ……遠慮しとこうかな」
「……なんで? 困ってんだろ」
「きょ、今日は神社行くから」
「じゃあオレもついてってやるからよ」
「いえいえとんでもございませんホントお気遣いなく」
「……ダメ、か?」
「う……」


 お、恐ろしい……。なにが恐ろしいって上目遣いで私を見つめる奈良ちょんまげくんではなく、その奈良ちょんまげくんの後ろで鬼の形相で私を睨む女子たちの視線だ。ちくしょうなんてこった。断っても断らなくてもめんどくさいことになる展開じゃないか。


「……ワカリマシタ、ヨロシクオネガイシマス」
「! ああ、じゃ放課後な!」


 なにがそんなに嬉しいのか奈良ちょんまげくんはいい笑顔で手を振りながら去っていく。残されたのは目が笑っていない笑顔の友達と顔の引きつった私だけ。馬鹿野郎フォローくらいしていけ。あああ、私今日生きて帰れない気がする。


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