みぞおちの辺りで何かがぐるぐると渦巻いているような感覚に、私はふう、と息を吐いた。
 三番隊執務室。山積みの書類を溜め込んだ市丸隊長のおかげで休日返上で仕事をする羽目になった私と吉良副隊長は、さっきから会話すらせずに黙々と筆を走らせていた。

 

「吉良副隊長……」

「……ん?」

「市丸隊長って……子供みたいですよね…?」

「ああ……、夏休みの宿題を溜めに溜めた小学生のようだね……」



 溜息混じりにそう呟く吉良副隊長は、やれやれ、といった表情を浮かべて筆を置いた。



「お茶でも淹れようか。顔色が悪いよ?」

「あ……でしたら私が、」



 急に立ち上がったせいでふらついた体。
 咄嗟に吉良副隊長が支えてくれたおかげで床とご挨拶することはなかったけれど――



「…なにしとんねん、イヅル」



 不機嫌極まりない声が突然背後からしたかと思うと、吉良副隊長に支えられていた私の体はふわり、宙を浮いた。



「市丸隊長っ!?」

「ん、なんや顔色悪いなあ?」



 働かせすぎちゃうん、イヅル?そう言ってじろり、吉良副隊長を睨む市丸隊長に私は慌てて弁明を試みる。



「ち、違いますっ!これは、その……」



 言いかけて口籠ってしまう。だって男の人にはとても恥ずかしくて言えない女特有の理由。
 真っ赤になって俯いてしまった私に、何かを悟ったらしい市丸隊長はにいっ、口端を上げて。
 まるで悪戯でも思いついたかのようなその笑顔に吉良副隊長の顔が強張った。



「イヅル、後はよろしゅうな?」

「って、市丸隊長っ!?どこにいらっしゃるんですかっ!?まだ執務が……」

「そんなこというたかて具合悪そうやんか、やから送ってったろ思て」

「あっ、あのっ!!私なら大丈夫ですからっ!」



 ええから。やんわりと拒否されたならもう既にそこは隊舎の外で。
 市丸隊長に抱えられたまま外気を肺に送り込んだなら気分は幾分楽になった。



「な?仕事ばっかりやっててもええことあらへんやろ?偶には息抜きせな」



 誰のせいでこうなったと思っているのか――隊長が息抜きばかりなさるから、私も吉良副隊長も休日返上で執務に追われているというのに――
 じろり、思わず恨みのこもった目で睨んだ私に悪びれる様子もなく楽しそうに話す市丸隊長に殺意すら感じる。



「……あんなあ?」

「はい?」



 かけられた声に反応して首を捻ると、そこには至近距離の隊長の顔。
 顔に熱が一気に集中するのを感じながらも隊長から目が、離せない。



「……そんなかいらし顔で睨んだら逆効果やで?」

「……え、」



 とさり。倒された草の上。隊長の顔が真上に見えた――





マイペース





 イヅルには悪いけど、このコはボクのもんやから――




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