満月の夜──根城にしている洞穴から這い出た私は月の力を借りて人型へと変化する。
 一度籠もると私は次の満月までひたすら眠り続けるため、目覚めるといつも身体中が気持ち悪い。だから目覚めた時には必ず人型をとり身を清める。





 ざばざば。水の落ちる音が近くまできた瞬間、何かの気配に私は脚を止めた。
 何かがいる──しかもそれは恐ろしいほどに殺気立っていた。
 木の陰からそっと盗み見た私の目には、月明かりに照らされた影のみが映る。
 ──それは、半裸の男のようであった。
 片手に刀らしきものを握り、落ち行く水へと一心不乱に振り上げ、打ち込む──なんども何度も。



「あの男……入道か?」



 よく見れば、男の頭は水飛沫と月の光の反射によって時折きらりと輝いていて、その光り具合は体毛のあるそれとは全く異なっていた。
 少し警戒しながらも、入道なら同じ"物の怪"だ、手荒な真似はしないだろうと踏んだ私は甘かったのかもしれない。
 ぱきり。小枝が足の下で鳴った瞬間に振り向いた男の目には、ギラギラとした殺気が滲み出ていて。
 まずい──そう思った時には既に遅く、男の刀は私の喉元へと突き付けられていた。



「見かけねえ面だな、虚か?」

「……私はただの猫又だ」

「……強えか?」



 "物の怪"という特殊な存在であるが故に、確かに私は常人に比べればいくらかは強いだろう。
 しかし他の"物の怪"に比べれば私の強さなどたかが知れている。
 ふるふる。小さく首を横に振った私の耳に響いたのは男の舌打ちで。



「つまんねえな」



 人を見下すようなその物言いに、ぴくり、私の耳が反応した。



「お前は……それほどに強いのか?」



 きっ。男を見据え、吐き出した私の言葉に、ゆるり、男の口角が上がった。



「やる気になったか?」

「は?」

「だから、俺とやり合う気になったかって」



 そういうことか──目の前の男は私の自尊心を踏みつけて私が挑発に乗ってくるのを待っていたのだ。



「悪いが、」

「あ?」

「私は殺生はせん。それより──邪魔だ」



 ひたり。滝へと歩を進めながら、肌を纏う布を一枚いちまい脱ぎ捨てていくと、先刻までの殺気はどこへやら、男は突然慌て始めた。



「お、おい……っ!!てめえ女だろが……っ」

「……だから何だ?」



 ちらり。横目で視線を向けると、男の顔(いや正確には頭全体)は逆上せたのかと思うほど真っ赤に染まっていて。
 先刻とはあまりにも違うその男のうろたえぶりに、今度は逆に私の口元が緩んだ。



「てめっ!何が可笑しいっ!?」

「いや別に?」



 たぷん。滝壷に身を沈め、悔しげな男の溜め息を背中で受けた私はまた可笑しさが込み上げてきて。



「なあ、私とやり合いたいんじゃなかったのか――?」



 皮肉たっぷりな笑みを浮かべて男へと手を振った──。





くろねこにゅうどう





 一瞬肝を冷やされた仕返しにしては、少し刺激が強すぎたか──?






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