しゅるり。衣擦れの音とともに床に落とされた帯。 かろうじて肩に引っかかっている状態の振袖を、男のひとにしては細い神経質そうな指がそっとはだけさせていく。 「き、吉良副隊長……」 少し冷えた指先が体の表面を掠める度、ぴくり、体が熱く反応する。 なぜ今こんな状況になっているのか──私はただ年始のご挨拶に自隊の副隊長を訪ねただけなのに── 室の前に立ち、形通りの挨拶を終えた私が顔を上げると、いつになく真剣な表情を浮かべた吉良副隊長と目が合って。 せっかく来たのだからと半ば無理やり吉良副隊長に勧められて上がらされた。 「君……今日は他に挨拶は行くのかい?」 「いえ……?先ほど市丸隊長にご挨拶は済ませましたし…」 「そう。……なら少しくらい呑んでも大丈夫だよね?」 「いえ、私お酒は苦手で……」 慌ててふるふると首を横に振った私の前にことり、杯が置かれて。 見上げると優しい眼差しの吉良副隊長が柔らかく表情を崩していた。 どきり。普段の吉良副隊長からは想像もつかないその表情に、一瞬で引き込まれて。 「じゃあ……少しだけ」 直視できなくてぽつり、俯いてそう呟くと頭上から安堵の息が漏れた……ような気がした。 「今日はずいぶんとめかしこんでいるんだね」 「ええ、まあ……お正月ですし、ご挨拶回りもあったので……」 杯にお酒を注ぎながらも吉良副隊長の視線は私の振袖に向けられたまま。 そんなに凝視されるとなんだかかえって恥ずかしくて。 いただきます。そう小さく呟いたなら杯に注がれたお酒の量など気にすることなく、一気にその中身を喉に流し込んだ。 「ごほっ……ん、ごほっ、」 瞬間、喉の奥が灼けるように熱くなり、思わず胸に手を当ててむせかえる。 ごほっ。咳をする度に体内のアルコールが血液とともに脳へと駆け巡り、徐々に体が熱くなる。 はあ、はあ。ようやく咳が収まっても呼吸は荒く、頭の芯はくらくらしたまま。 背中をさすってくれる吉良副隊長の手の感触すら、アルコールの勢いを助長させているような気がする。 「す……すみま、せん……私、自室へ帰、ります……」 ふらり。立ち上がってみるも既に足元は覚束ない。体を締め付ける帯が更に私の呼吸を困難にさせているようで。 早く自室へと戻って、全てを脱ぎ捨てて楽になりたかった。 「帯……苦しいんじゃないのかい?」 そんな私の心を読み取ったのか吉良副隊長の気遣うような声が聞こえてきて。 ふるふる。首を横に振ったなら、ふ。呆れるような吉良副隊長の息が首筋にかかる。 「……っ、」 「ああ……ごめん。でも本当に辛そうだし、良かったら隣の部屋で少し横になるといいよ」 ね?──いつの間にか吉良副隊長の腕に抱えられ、否応なしに運ばれる私の体。 「……立てるかい?ちょっと帯を緩めるから……」 「は、い……申し訳ありません……」 ──そうだ。こんな状況になったのは自分のせい。 ようやく繋がった記憶に、私は顔から火を噴くような羞恥心に見舞われる。 「あ、あの……吉良副隊長、後は自分で……」 「気にすることはないよ」 「いえ、でも……」 ふ。そう言っている間に不思議なほど楽になった胸の圧迫感。 せめてお礼を言おうと振り返ったなら、急に視線を逸らして手で口元を抑える吉良副隊長の姿がそこにあった。 「吉良副隊長……?」 「いや……ごめん。自分で脱がせておきながら、今更なんだか……」 「え……?」 「君が……あのまま廊下で倒れでもして、それを他の誰かが……なんて考えたら、つい……」 「吉良副隊長……」 はは。自嘲するように笑った吉良副隊長の背中が寂しそうで、私の心臓はきゅ、締め付けられて。 そっとその背中へと額をこつん、預けた瞬間、振り向いた吉良副隊長の腕に強く抱き締められていた── 「は…あ…っ、」 お互いの顔すらはっきり見えない室内で、私と吉良副隊長の荒い呼吸だけが響き渡る。 はだけられた胸元に唇の感触が触れる度、じわじわと内側から熱くなる体。 「きっ……吉良ふくた……」 「……イヅルでいいよ?そう呼んで……」 「ん……っ、イ ヅル……ッ」 「……いいこだ」 ぺろり。唇をなぞられたならぞくり、震える体。 そっと目を開けて盗み見れば男の表情をした吉良副隊長の瞳と視線が合って。 ふわり。途端に柔らかくなったその眼差しに心は既に奪われていて。 きゅ。広い背中へと腕を回して抱き締めたなら、私は深い快楽へとその身を委ねた── 「振袖……皺になっちゃったね」 ごめん。素直に謝ってくる吉良副隊長に私は首を横に振った。 「大丈夫です、洗濯して干せば、」 「いや、そうじゃなくて」 「え?」 きょとん。言葉の意味が解らなくて首を捻る。 そんな私に真面目な顔をした吉良副隊長が溜め息とともに吐き出した言葉は、また私をくらくらとさせた── 誘惑の振袖 これを着た君と、もう一回…なんてね? |