「……寝た、か?」
「たぶん……」


 息を殺して子供部屋の様子を窺いながらオレは心中嘆息していた。さっきまでうるさいほど賑やかに騒いでいたガキどもも、疲れたのか今は静かな寝息をたてている。


「はー……疲れたぜ」
「お疲れさま。はい、お茶」
「ああ……悪いな」
「どういたしまして?」


 どっかりとリビングのソファに座り込んだオレの前に差し出された湯呑み。それに手を伸ばしながら堪えていた欠伸をひとつ噛み殺した。


「もう一仕事だよ。頑張ってね」
「解ってるっつうの……しっかしまさか自分がこんなカッコすることになるなんて思わなかったぜ……」
「似合ってるよ? サンタさん」
「マジで勘弁してくれ……」



 湯呑みに視線を落とし、水面に映る自分の顔に溜め息が出る。くっそ恥ずかしい。なんだよなまえのヤツ、オレがこういうのやるキャラじゃねえって解ってて用意しやがって。せめてもの救いはここが家ん中だってことだけじゃねえか。


「頑張ってね、お と う さ ん?」
「……へいへい」


 にこにこと、やたらと上機嫌ななまえが片手をひらひらと振る。どうやらそろそろ時間だと言いたいらしい。傍らに置いた三人分の包みに視線をやったなら、来年は絶対やらねえと心に誓ってオレは腰を上げた──


■□


「はあ……」
「お疲れさま。気付かれなかった?」
「危なかった……」
「あ、やっぱり? 忍の子だけあって敏感なのかしらねえ」


 暢気に笑いながらお茶の準備をするなまえの表情はとても穏やかで、なんつうか子供を想う母親ってのはまさしくこんな感じなんだろう。けれど少しばかり面白くねえと感じるのはなまえのいちばんはやっぱりオレであって欲しいと心のどこかで願っているからだろうか。湯呑みを持つなまえの手が目の前に差し出された瞬間、無意識のうちにオレはその手に自分の手を重ねていた。


「シカマル……?」
「あ……その、」


 しくじった。いくらなんでも今のはねえだろ。衝動で動くなんてガキかオレは。心中自分へとツッコミを入れながら、それでもなんとか平静を装ったフリして重ねた手に少しだけ力を込める。一瞬ぴくりと反応したなまえの手にさらに心臓が跳ねた。


「……私、シカマルの手、好きなんだ」
「そうか」
「うん、だから──」
「!」


 オレの手にそっと絡められた指先が、まるで誘うように指の間に滑り込んでくる。きゅ、込められた力に弾かれたようになまえへと視線を向ければ、いつものように微笑むなまえと目が合った。


「ずっと、離さないでね」
「……ああ」


 繋がれていないほうの手でそっとなまえの頬を包み、少しずつ距離を詰めていく。吐息を感じるほど体を寄せ合い、その唇へまさに触れようとした瞬間──


「ダメー!」


 思わず目が点になる。くっそ、なんなんだよこのタイミングの悪さは。見れば枕を抱えたチビが涙目でオレを睨んでいる。睨みてえのはこっちだっつうの。


「どうしたの? おしっこ?」
「ママ! サンタなんかとちゅーしちゃダメ!」
「なんかって、おま」
「ママはボクたち家族としかちゅーしちゃダメなんだからあああ!」
「あ、あー……」


 そうだ。オレまだサンタのカッコしてたんだった。まあ、確かに見知らぬヒゲサンタがなまえにキスしようとしてたら怒るのも仕方ねえか。にしてもちょっとくらいオレだって気付けよなクソガキ。


「ママ! 早くサンタなんか追い出して!」
「ええ? でも……」


 困惑するなまえにオレは肩を竦めてリビングの窓に手をかける。仕方ねえ、一旦ここは退散しとくか。軽く手を上げると、すまなそうな表情を浮かべるなまえの足元でクソガキが思い切り舌を出していた。


「二度と来るなバカサンタ!」


 警戒心丸出しなクソガキが再び寝付くまで三時間。寒空の下でじっと待っていたオレは見事に体調を崩し、なまえとの甘いクリスマスを迎えることなく布団と友達になった。サンタの真似事なんてもう二度としねえ──結局なまえに上手く乗せられて来年も同じことを繰り返すハメになるとも知らず、オレは再びそう決心したのだった。


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