「──でね、──」
「だから──、──だろ」


 ……面白くない。コソコソと内緒話をするなまえとクソガキの楽しげな声に若干イラつきながらオレは湯呑みを傾けていた。子供が産まれて早十五年、なまえの愛情をたっぷり注がれて育ったガキどもも漸く手が離れ……るわけもなく、いまだに暇さえあればなまえの周りをうろちょろしやがる。特に長男、お前ももう十五だろうが。母ちゃんにくっついてねえで余所で彼女でも見つけてきやがれ。お前はマザコンか。


「なまえ、茶頼む」
「あ、はーい」


 オレの一言ですぐに立ち上がったなまえにアイツの顔は不満げだ。ざまあみろ、なまえはお前らじゃなくてオレがいちばんなんだっつうの。そんな優越感に浸っていれば、いかにも馬鹿にしたようなツラしたヤツがオレに向き直ってきやがった。


「……なんだよ」
「親父さあ、母さんに甘えすぎなんじゃねえの」
「人のこと言えんのか」
「オレは母さんの子供だからな」
「それをいうならなまえはオレの嫁だろが」
「……」
「……」


 一触即発。まさにそんな言葉に相応しい険悪な雰囲気で睨み合う。それはまさになまえを巡る男同士の闘いの始まりだった。


「母さん男の趣味悪いよなー……なんでこんなめんどくさがり」
「同じめんどくさがりのお前に言われたくねえんだよ」
「親父よかマシだっつの」
「知ってんぞ、お前こないだズボンとパンツ一緒に脱いでなまえに怒られてたろが」
「アレは親父の真似してるだけだし。それをいうなら親父だって酔って帰ってきた時、母さんに服脱がせてもらってたじゃねえか」
「てめ……っ、いつ見てたんだよ」
「あんだけ騒いでりゃ嫌でも起きるっつうの」
「……てめえ」
「あ? やんのか?」


 上等だコノヤロウ。ガキ相手に大人気ないとかこの際関係ねえ。なまえが誰のモンなのかきっちり解らせてやんねえと。無言で睨み付けながら立ち上がれば、ヤツもそれを受けて立ち上がる。お互い視線を逸らすことなくいざ庭に出ようかと動き始めた瞬間。


「お待たせ……って、あれシカマルどうしたの?」
「なまえ」
「母さん」


 タイミングが良いのか悪いのか、盆に湯呑みを載せたなまえがきょとんとしながら居間に顔を出した。途端にさっきまでふてぶてしさ全開だったヤツがただの無邪気な子供の顔に戻り、嬉しそうに駆け寄っていく。それはこの十五年何度となく見てきた光景だった。


「……シカマル?」
「……いや、なんでもねえ。それよりお前、」
「……んだよ」
「母さんのこと、大事にしてやれよ?」
「は、」


 まあいいか。男はみんなマザコンだっていうけど、そんなの仕方ねえよな。自分のために何よりも一生懸命尽くしてくれる存在はどうしたって好きになっちまうし、大事にしたいのも当然だ。けど、いつまでもこのままじゃいられねえのも解ってる。だからせめて母親以上に愛せる女を見つけるその時まで、仕方ねえから貸してやる。せいぜいオレに感謝しろよな、クソガキ。


「……言われなくても解ってんだよクソ親父」
「オイ、クソ親父っつうのはオレのことか?」
「……ふふっ」
「あん? 何がおかしいんだよ」
「だって今のやりとり、お義父さんとシカマルにそっくりなんだもの」
「……!」
「やっぱり親子だなあって思って」
「……っ、オレもう出かけるから!」
「はいはい、気をつけてねー?」
「……? なんだアイツ?」


 やけに慌てて自室へと走っていったヤツにふと呟いた疑問になまえが振り返る。人差し指を口にあて、にっこり笑ったなまえは本当に嬉しそうだった。


「照れてるのよ。だってあの子、昔からシカマルのこと大好きだもの」
「は?」
「素直じゃないのも父親譲り、ってね」
「……っ、」


 顔が熱い。そんなわけねえと頭じゃ理解してんのに、それでもまだチビだった頃のヤツが一生懸命オレの後を追いかけてきていた姿が脳裏に浮かんで離れない。


「……」
「あはは、シカマルまで照れてる」
「うっせえよ……」


 なまえの肩に額を預けてこれ以上ないほど熱くなった顔を押し付ける。柔らかななまえの手がオレの背中を撫でる感触に、オレはやっぱりコイツらと家族になれて良かったと、柄にもなく思ったのだった──


□■


「シカマル、はいこれ」
「あ……?」
「お誕生日おめでとう。これからもよろしくね」
「おう……」


 夕食後、居間で茶を啜っていたら突然渡された包みに、そういえば今日が自分の誕生日だったと思い出した。今年は毛糸の帽子にしてみましたー、なんて笑うなまえは何年経っても忘れずにこうして祝ってくれる。それがまるでオレという存在を認めてくれているようで実は嬉しかったりする。


「ありがとよ」
「どういたしまして」
「あー……、今度、二人でどっか行かねえか?」
「?」
「ガキどもも、もう手かかんねえし……たまには、その……」
「行く! 行きたい! シカマルとデート!」
「オレも行く」
「……あ?」


 冷静ながらもどこか怒りを帯びた声が背後から聞こえたかと思うと、オレとなまえの間に割り込んだヤツが明らかに不機嫌そうな顔でオレを睨んでいた。このタイミングで邪魔するとは良い度胸じゃねえか。影で縛るぞクソガキが。


「母さんはまだまだオレらの母さんなんだからな」
「……てめえ」


 前言撤回。一瞬でも絆されたオレが馬鹿だった。ヤツを筆頭にうちのガキどもはみんななまえとオレの仲を引き裂く敵だ。相変わらず続くなまえの愛情争奪戦はまだまだ終わりが見えないらしい。だけどそれも悪くないかと思えたのはきっと、今日が特別な日だからということにしておこう。


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