今日は私の短い人生の中でも最高に運のない日だ。神様なんて存在自体信じてないけど、ここまでくると逆に信じたいかもしれない。最高に意地悪で人間の不幸を嘲笑う性格の悪い神様の存在を──



 バキ。日誌を書いていたシャーペンの芯が折れる音ではっと我に返った。いかんいかん、早く片付けて帰ろうと思ってたのについ現実逃避していたようだ。もう少しの我慢だ、がま、ん…………出来るかチクショウ!!



「油女くん!」

「シノ」

「……シノ、くん」

「なんだ」

「も、もう日誌書くだけだから……帰って、いい、よ?」

「終わるの待ってる」



 しれっとした顔で読んでいるカバー付き単行本から目も離さず応えるのは隣の席の油女シノくん。いやいや、もう帰って下さい。むしろアナタがいないほうが私は心穏やかに仕事できます。そもそも何で待ってるのか。



「で、でも、待ってなくても大丈夫、だから」

「……迷惑か?」



 うう、ズルい。普段はサディスト星の王子のくせに、こんな時だけ縋る子犬のような瞳を向けてくるなんて。そんな瞳向けられたら、私全然悪くないのに罪悪感が芽生えるじゃないか。



「あー……えーと、ね? 私帰り寄るとこあるし、待っててもらってもわるい、し……」



 そこまで言ったところで口の動きが勝手に止まった。それまで教室内に流れていた緩やかな空気が絶対零度で凍りついた気がしたのだ。あれ、おかしいな。今は秋だよね?



「……シカマルのところ、か?」



 あああああ。油女くんの吐き出した言葉が絶対零度よりも更に冷たくて痛い。なんですかアナタ、一緒に氷柱でも吐き出したんですか? けれどこの状態の油女くんを放置しておくと明日からの私の学校生活に支障が出そうなのでそりゃもう勢いよく首を横に振ってしまった。ああ、チキンな自分が憎い。



「ちちち違うし!」

「じゃあどこだ」

「ええええと、えと……本屋?」

「本屋……?」

「う、うん、そう! ちょっと参考書、見に……」

「……なんの?」



 あああああ、もう! 聞かないでよ油女くん! こないだの数学で赤点ギリギリだった私の答案盗み見て鼻で笑ってたじゃないか。もう忘れたのか?



「す、数学……?」

「ああ……」



 思い出したように頷く油女くんになんだか無性に腹が立った。悪かったですね、頭悪くて。とりあえず今度の試験で赤点とるわけにはいかないから日誌書いたらすぐに本屋に向かおう。そうしよう。
 日誌に集中しようと視線を下げた瞬間、それまで黙って何か考えてたらしい油女くんが隣から前の席に移動してきた。ちょ、影が邪魔で書きづらいんですが。



「名字」

「はははは、はいっ!」

「本屋は行かなくていい」

「……はい?」



 何を言い出すんだこの人は。私が行くって言ってるんだからいいじゃないか、ほっといてくれ。そんなに赤点取った私の泣き顔が見たいのか、このサド王子は。



「オレが教えてやる」

「すいません遠慮します」

「遠慮することはない。何故ならあのテストでオレは九十六点だったからだ」

「ワーソレハスゴイデスネー」

「……真面目に聞け」

「はいすいません」



 眼鏡の奥の瞳が半端なく怖い。これはもう油女くんの中で既に決定事項になっている目だ。逆らうなんて最早不可能、私だって命は惜しい。だけど春から続く油女くんの強烈な視線と今までの私に対する行動がふと頭をよぎり、どうしても素直に首を振れない。ここで頷いたら私の人生終わる気がする。うん、踏ん張れ私。



「い、いいよ……いざとなったらシカマルに教えてもらうし、さ」

「……また、シカマルか」

「う、」



 油女くんの言葉に思わず言葉に詰まった。確かに今まで困ったらシカマルに頼ってたし、これからもそうだと思うけど。だけど私と幼なじみになった自分の運命だってシカマル笑ってたし、それでいいじゃないか。油女くんに関係あるのか。



「……今日からだ。いいな」

「……はい?」

「生徒玄関で待っている。早く日誌提出してこい」

「え、あ、ちょっ……?」



 え、なに? 私拒否したよね。なんで何事もなかったようにスルーしてるの? しかも問答無用なの? どこまで俺様なんだ油女くん──!!









 私の心の叫びもむなしく、結局帰りに引き摺られる形で油女くんの家へと拉致られた。あああ。シカマルさま助けて!



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