「なまえ姉ちゃん!」



 たた。手を振りながら駆け寄ってくる無邪気な笑顔は年下の幼なじみ。
 こほん。思わず緩みかけた頬を無理やり引き締めた私は咳払いをひとつして。



「うずまきさん、ここは会社ですよ?」



 にっこり。いつもの営業用スマイルを貼り付けて注意を促した。



 ……そんな面白くないみたいな顔しないの。仮にも社会人なんだからね。ただで給料もらってる訳じゃないでしょうに──





 未だ不服そうに受付の前に陣取るナルトを横目に手元のウェルカムシートに視線を落とす。木の葉商事第七事業部。この時間帯のアポはこの一社だけ。



「猿飛専務とお約束の木の葉商事第七事業部のうずまき様ですね? 少々お待ち下さい」

「──待って」



 まくし立てるようにそう告げて手元の電話に手を伸ばした瞬間、遮るように重ねられた誰かの掌。驚いて顔を上げると、意味ありげな笑顔を浮かべた男のひとが私を見つめていた。



「オレもいるからってアスマに伝えて?」

「は……?」

「はたけカカシって言えば解るよ」

「……かしこまりました」

「ん。よろしく」

「あ、あの……」

「なに?」

「手……離して頂けますか?」

「……」












「よう、カカシ。久しぶりじゃねえか」



 案内した専務室では相変わらず煙草をふかしながら書類とにらめっこする髭面の専務。この部屋で専務と仕事をすれば間違いなく健康を害するだろうと断言できるほど煙が充満している部屋は全体が白く霞んでいる。



「酷いね。お前間違いなく肺ガンで死ぬよ?」

「おいおい、開口一番がそれかよ」



 縁起でもねえ──言ってるそばから専務は新しい煙草に火を点けて。退室しようとした私に向かって口を開いた。



「なまえ、茶ぁ頼むわ」

「うわ、アスマってば亭主関白みたい」

「うるせえよ」

「……お茶、煎れてきますね」



 ぺこり。頭を下げて、今度こそ退室した私は給湯室へと足を向けた。



 ……はたけカカシさんかあ。専務とずいぶん親しげだったけどお友達なのかな。呼び捨てだったし。



「なまえ姉ちゃん!」



 ぼんやり考えながら歩く私の後ろから元気な声が響いて。振り返れば手を振りながら駆けてくるナルトが目に映った。



「どうしたの?」

「オレ、手伝うってばよ」

「いいわよ、お客様なんだから。ほら戻って」

「大丈夫だって! ちゃんと社長の許可取ったってばよ」



 にか。無邪気な笑顔を振りまきながら放たれたナルトの言葉に思わず絶句する。



「しゃ、ちょう……?」

「? そうだってばよ?」



 驚いた。だって木の葉商事といえば第十事業部まである、この業界では大手の会社だから。



「なんで社長が新人のナルトなんかについて来てるのよ?」

「なんかって……酷いってばよ、なまえ姉ちゃん……」

「あ、ごめん。でも普通は先輩とかじゃない?」

「んー……オレも解んないんだけどよ、なんかついてくるってきかなくてさあ」

「……ふーん。ほら、いいから戻って! ナルトが入ると狭いんだから」



 ぐいぐい。ナルトの背中を専務室へと向かって押し戻せば、不機嫌そうにブツブツ言いながら渋々歩いていくナルト。ふう。呆れにも似た溜め息をひとつ零し、私はようやく給湯室へと足を踏み入れたのだった。











 さらさら。お客様用の高級茶葉を急須へ入れお湯を注いで。漂う香りにさっきまでの専務室の煙草の匂いが洗い流される気がする。



「……良い香りだね?」

「っ!?」



 かたん。穏やかな声音とともに突然背後に人の気配がして。振り返った私の目に入口に凭れて緩やかに微笑むはたけさんが映っていた──



「す、すみません。ただいまお茶を──」

「んー……? ああ、気にしないで。ちょっと君と話したくなって来ただけだから」

「……私と、ですか?」

「うん、そう」



 どきん。不覚にも胸が高鳴る。はたけさんの眼差しが私に向かって注がれているかと思うと、恥ずかしくて、照れくさくて。そそくさとお盆に3人分のお茶を乗せて、はたけさんの立つ入口へと足を進めた。



「私、そろそろ受付へ戻らないといけませんので……」

「ん、そうなの? 残念」



 本当に残念そうに呟くはたけさんの声に私の心臓は更に激しく波打って。かたかたとお盆を持つ手は緊張のためか、知らず震えていた。
 くすり。小さく笑ったはたけさんはそっと入口から凭れていた体を起こして。私の手からお盆をそっと奪うと、またあの微笑みを浮かべた。



「これ、持ってくよ。仕事戻るんでしょ?」

「い、いえ! お客様に持たせるなんてとんでもないですから!」



 慌ててお盆を取り返そうと腕を伸ばすよりも一瞬早く、はたけさんは身を翻して歩き出していた。



「はたけ様! 困ります」



 お客様に出すお茶をお客様に運ばせるなんて会社に勤めるものして有り得ない。なのに涼しい顔して歩いていくはたけさんを私は焦って追いかけた。
 専務室はもうすぐそこで。今にもドアをノックしようとするその背中に向かって再び声をかけようとした瞬間。くるり。悪戯っ子のような笑顔を浮かべたはたけさんが振り向いて。持っていたお盆を私へ渡すと今度こそドアをノックした。












「遅かったじゃねえか」

「ゴメンゴメン。オレがちょっかいかけてたからね」

「い、いえ……そんな」



 ことん。テーブルに3人分のお茶を置き、失礼しますと頭を下げて。今度こそ仕事に戻れると内心ホッとして退室しようとした私の背中に、今度は専務から特大級の爆弾が落とされた。



「なまえ、今夜は接待だ。お前も来い」

「……はい?」

「ご指名だとよ」



 くい。専務の親指が指す先、はたけさんが困ったように笑っていた──





なりふりっていられない





「さんきゅ、アスマ」

「……オレは早々に退散するからよ。後は自分でなんとかしやがれ」

「……解ってるよ」

「うちの大事な社員だ。……泣かしたら承知しねえからな?」

「……了解」




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