いちばん見たくない現実を、見てしまったのは本当に偶然だった。電柱の陰に隠れるようにして重なった2つの影。その影はその人特有の髪型を、くっきりと足元のアスファルトに映していて。顔が見えなくても、すぐにそれが自分の想い人だと分かってしまう。



「シカ、マ……ル」

「ん……?」



 甘い吐息とうわずった声が、煩い繁華街の中だというのにやけにはっきりと自分の鼓膜に響いてきて。見たくない。そう思っているのに、今すぐにでも目を逸らしてしまいたいのに。まるで影を縫い留められたように、そこから動けないでいる自分がいる。
 鳩尾から心臓へ向かってぞろり、と何かが這い上がってくるような感覚。掌はじっとりと嫌な汗で湿ってきている。



「なまえ!?」



 自分の名前を呼ぶ声にはっとして顔を上げると、驚いた表情のシカマルがこっちを見ていた。



「……」



 ばつが悪そうな顔をしたシカマルがこっちへと無言で近付いてくる。一歩一歩近付く足音が、自分の目の前で止まった瞬間。心臓を鷲掴みされたような強い衝撃が体を支配して。その衝撃に突き動かされたように、脚は勝手に動き出していた。



「なまえっ!!」



 叫ぶシカマルの声に振り向く事すら出来ず、その場から逃げるように走り出していた――










 心臓の辺りはいまだに見えない何かがぐるぐると渦巻いていて。激しく脈打つ鼓動に耐えきれず、倒れ込むようにしてベンチへと腰を下ろした。



 シカマル、シカマル。ねえ、苦しいよ。口にはできなかったけど、それでもシカマルの隣には自分が、自分の隣にはシカマルが存在して当たり前だと思ってた。



「……っ、」



 暖かいものが頬を伝っては落ちて、服に染み込んでいく。泣いてもどうにもならない事くらい、痛いほど知っている。けれど、せめてこの時だけは――シカマルへの想いがこれ以上深くならないように、明日からは普通の顔してシカマルに笑えるように。これが、最初で最後だから。だから、今は泣かせて――










 ぴんと張り詰めたような冷たい空気に顔を上げれば、空にはいつの間にか星が瞬いていて。ぼんやりとそれを眺めていたら、不意に背中に感じた暖かい感触と。



「……やっと捕まえたぜ」



 少し安堵したようなシカマルの声。



 どう、して……?
 ほんの、ひとこと。ただそれだけの言葉が、今の自分には口にするのも躊躇われて。
口は閉じた貝のように、固く結んだまま開く事さえ出来ない。



「……言い訳ぐらい、させてくんねえ……?」



 背中から伸びているシカマルの腕に、ぐ、と力が入って。伝わってくる体温に、胸はきゅう、と締め付けられる。



 好き。やっぱり、好き――



 再び涙が溢れそうになって、慌てて目を瞑ると。唇に感じた柔らかな感触。



「……お前以外、ありえねえから」



 その言葉に目を開けると、シカマルの鋭い視線がすぐそこにあって。再び塞がれた唇は、もう言葉を紡ぎ出す事すら出来なくて。
さっき見た光景も、シカマルの言ってた『言い訳』も、何もかもどうでもよくなって。
 月の光の下、いつまでもいつまでもこうしていたい。そう思いながら、シカマルの背中をぎゅっと抱き締めた−−





「コンタクトがズレたんだと…」

「…にしても、近すぎだからね…」



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