「──ねえ、聞いてる?」



 また始まった──少しうんざりしながら、彼女へと視線を向けると唇を尖らせて俺を睨む彼女と目が合った。
 付き合いも長くなると、最初は新鮮だった彼女と過ごす時間も今じゃ日常の一部になっていて──あんなに毎日会いたいと思っていたのがまるで遠い昔のように感じられる。
 しかも時が経てば経つほどお互い相手に対して遠慮っつうもんがなくなって、最近じゃ彼女といるのかお袋といるのか解んねえくらい何かと口うるさい彼女に、俺は少しめんどくささを覚えていた。



「シカマルってば! 聞いてるの!?」

「はあ……めんどくせえな……」



 彼女の苛立った声に俺の心の声がぽろり、思わず口から零れて。しまった──片手で口を押さえておそるおそる視線をちらり、彼女へと向けると、今にも泣き出しそうに顔を歪ませて目を見開いた彼女が呆然と俺を見つめていた。



「おい……」



 伸ばした腕が肩に触れた瞬間、弾かれるように立ち上がった彼女の瞳は虚ろなままで。
 唇は話すことを忘れたかのように、ただ小刻みに震え続けていた。



「おい……?」



 普段と違う様子の彼女におそるおそる声をかければ、途端に顔は逸らされて。しばらくの沈黙の後、ぽつり、思いつめたように震える声が紡いだのは、予想すらしていなかった衝撃的な言葉だった──












 はあ。流れる雲を眺めて溜め息を吐きながら、あの日の彼女の言葉を思い出す。



「シカマルは……もう私のこと、女として見てない、でしょ……?」



 きゅ。切ない色を宿した彼女の目は真っ直ぐ俺を映していて。俺を責めるでもなく、ただ静かに見つめるその目につきり、胸が痛んだ。
 なんなんだよ。俺はアイツのこと、めんどくせえって思ってたのに。なのになんで、こんなにもアイツのことばかり考えてんだ──










 彼女と会わなくなって一週間。せいせいしたはずの俺の心はどこかぽっかり穴が空いたようで。浮かんでくるのは、いつでも俺の側で笑い、怒り、色んな表情の彼女の顔ばかり──





 …俺は心のどっかでタカをくくってたのかも知れねえな──アイツが何があっても俺の側から離れる訳がねえって。
 はあ。自分の馬鹿さ加減につくづく呆れながら、夕焼けに向かってまたひとつ、溜め息が出た。










 家に帰る道すがら、見慣れた甘味処の暖簾が目に入って。



「シカマル、今度のお休み甘栗甘に行かない?」

「俺、甘いモン苦手だからパス」

「……」

「……なんだよ?」

「……なんでもない」




 いつか彼女とそんな会話を交わしたことを思い出して足が止まった。
 店の中には幸せそうに甘味を食べる女を、急かすでもなく黙って見つめる男がいて。時折目を合わせて微笑み合うその表情はとても柔らかく穏やかだった。



 俺は、あんな風にアイツを見ていたことがあったか──



 いつも俺の勝手で彼女に我慢ばかりさせてきて、挙げ句の果てにあんな顔させて──男として最低だな、俺。
 ふう。溜め息ひとつ吐いて、ポケットから取り出した煙草に火を点けた。ゆらゆら揺れる紫煙の向こう側に見えたのは彼女の姿──



「煙草はダメだって……何回も言ってるのに……」



 呆れたような彼女の小言が聞こえた瞬間、くわえていた煙草はぽとり、地面へと落ちて。
 にこり、微笑んだ彼女の表情があまりにも柔らかくて懐かしくて──俺はここが外で、しかも人通りの多い場所だということも構わずに、彼女の腕を引き寄せて胸の中へと掻き抱いていた──





平凡日常ほど





 当たり前すぎて気づかねえけど、これがいちばん大切で幸せ──



「今度こそ甘栗甘、行こうね?」

「へいへい…」



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