うそだ。うそだうそだうそだうそだ。頭の中はさっきから否定の言葉ばかりがぐるぐると渦巻く。信じられない。いや信じたくないといった方が正しいか。シカマルのアルバムには丁寧に書かれた油女くんの名前。しかもあろうことか私の名前まで仲良く並んでいた。「仲良しのなまえちゃん、シノくんと」というコメントが付いた写真には私を挟んでシカマルとシノくん(仮)が恥ずかしそうに私の手を握っている。真ん中に写っている私といえば、それはもう嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。



「あああああ! やだもう信じられない!」



 半ば投げ捨てるようにアルバムを部屋の隅へと追いやって頭から毛布を被った。あの写真の男の子が油女くんだという事実も、親の目から見ても仲が良いと言われていた油女くんのことを綺麗さっぱり忘れていた事実も何もかもが恥ずかしいんだよ。逃げ出したいんだよ。
 ひとり毛布の中でジタバタしてぴたり、掠めた思考に手が止まった。もしかして。もしかして油女くんは私のことを覚えていたのだろうか。もし、もしそうだとしたらあの油女くんの奇怪な行動も納得できるような気が……しないでもない。多分だけど、思い出して欲しかったんだろう。ならどうして普通にその当時の話をしてくれなかったんだろう。そうしたら私だってきっと記憶の引き出しを漁りまくってでも思い出そうとするのに。



「油女くん……」



 ぽつり、その名を呟いてみて、なんとなくだけどどうして油女くんが私に話さなかったのか解った気がした。無表情で、無口で、ただ私を見つめる油女くんの瞳を思い出して瞼を閉じた。





「なまえのこと、わすれちゃやだよ?」





 不意に頭をよぎったのは幼い頃の私の声。ハッとして目を開いたと同時に心臓が激しく脈打ち始めた。そんな。そんなこと。未だ激しい鼓動に心臓が潰れそうな感覚を覚えながらよろよろと立ち上がる。行かなきゃ。今すぐ。





「泣くなよなまえ」

「シカマル……だって、シノくんだけ、ちがう学校なんて……うわああん!」

「しょうがねえだろ」

「しょうがなくないもん! シノくんとシカマルと学校行くんだもん! わああん!」

「めんどくせえ……」

「うわああん! シカマルがめんどくせえって言ったああ!」

「シカマル、なまえを泣かすな」

「コイツがかってに泣いてんだろ」

「シノくんー! さびしいよう! いっしょの学校行こうよう!」

「……」






 ごめん。ごめんね油女くん。忘れないでって、一緒にいたいって、そう言ったのは私なのに。油女くんはただ、私の一方的なお願いを覚えていてくれただけなのに。自分勝手な私は、年を重ねるごとに少しずつ記憶から油女くんの存在を消してしまってたんだ。











 開いた扉の向こう。いつもと変わらない無表情の油女くんはたどたどしく謝る私に一瞬目を見開いたけれど、すぐにいつもの無表情に戻った。だけど少しだけ色付いた油女くんの頬が普段読み取ることのできない油女くんの感情をあらわしてくれていた。それだけでなんだか嬉しくなってそっと油女くんの手に触れれば、予想外に強い力が私の手を握り返してくれたのだった──





これがいわゆる初恋でした





 これでやっと名前で呼べるな、なんて平然と言った油女くんに更に顔が熱くなる。それと同時にこのドS王子との明日からの学校生活に不安を覚えた私の背中には、冷たい汗が流れ始めていた。



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