心の中で歓喜に震えた二時間後、私は今有り得ない展開に泣きたい気分でいっぱいだった。



「……あの、油女くん、」

「なんだ」

「そこまで近付かなくても、私見える、から……」

「オレが見えない。何故なら視力がまた落ちたからな」



 勝ち誇ったようにきっぱり言い切った油女くんの顔は超至近距離。肩と肩との間にはまったくと言っていいほど隙間はなく、教科書を覗き込む油女くんの髪が私の頬をさらさらと擽る。
 ……今度はなんの嫌がらせですか? 男子に免疫のない私にこんな羞恥プレイとはアナタどんだけSなんですか!? 
 そもそもこんなことになったのも全部シカマルが悪い。ちゃんと五時間目までに返してって言ったのに待てど暮らせど姿すら現さなかったんだから。くそう、もう絶対にシカマルには貸してあげないんだからね。悔しいから今度シカマルん家に押しかけて、シカマルのお母さんにあることないことチクってやろう、そうしよう。そんでもってお詫びの印にお気に入りのあのお店のケーキを無理やり奢らせてやるんだ。
 シャーペンを握りしめニヤニヤと恐らく気味悪い笑みを浮かべながらシカマルへの報復を考えていた私は、もう心ここにあらずで。そんな私を見つめる油女くんの鋭い眼差しに気付くこともなかったのだった──















「次のページは──」



 先生の声にハッと我に返って慌てて教科書を捲ろうと手を伸ばした瞬間、体がぴきんと固まった。な、に、これ。
 私の手の甲を包む大きな掌。伝わってくる体温に私の顔に一気に熱が集まってくる。しかもあろうことかその掌は偶然触れた訳じゃないらしい。きゅ、と込められた力がそれを雄弁に物語っていた。



「あ、油女、くん……」

「……」

「はは、離して、欲しい、かなー……なんて、」

「断る」

「え、」



 授業中ということもあって、ちらりと油女くんを窺い見ながら小声でお願いしてみたらまさかの即答。しかも拒否だよ。
 教科書は机の上だから必然的に油女くんの手も、その手に包まれた私の手も机の上にあるわけで。もしも誰かがちらりとでもこっちを向けばバッチリハッキリ見えてしまうこの状況に思わずごくり、息を飲んだ。ヤバい……ヤバいヤバいヤバい!



「……離してくださいオネガイシマス」



 羞恥に堪えかねて俯いたままそう呟けば、いよいよ強くなる手の圧迫感に掌が汗ばんでくる。別の意味での緊張感に苛まれながらも返事のない油女くんへとそろり、視線を向ければ、口角を緩く上げた油女くんと目が合った。



「離して欲しいのか?」

「は、はい……」

「……いいだろう。けれどひとつ、条件がある」

「じょ、条件……?」



 ……なんでそんな何か企んでますみたいな顔してるんですか。嫌な予感しかしないんですが! でもでも、授業が終わるまでの残り三十分、このままの状態が続くよりはマシなのかもしれない。さあ、どうする? 私──



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