油女くんとは今年のクラス変えで所謂クラスメイトになったばかりの存在で、仲が良いというわけでもなければ逆にそれまで話したこともない。そう、確かに今まで何の接点もなかった、のに。いつからだろう、気が付けば隣の席の彼は無口を保ったまま、でも自分の存在を主張するかのように私に視線を向けてくるようになっていた。しかし彼の真意がさっぱり解らない平凡な私は未だに目を合わせることだってできやしないのだ。いっそ小心者だと笑ってくれ。
 ぱかり。下足ロッカーからローファーを取り出す。今履いていた校内履きをしまって振り向いた瞬間、驚きのあまりローファーは手から綺麗に滑り落ち、地面に転がる音が鈍く響いた。



「あ……油女、くん」

「……部活は?」



 じっと私を見据えたままで静かに口を開く彼に対して、私は半分心臓が飛び出してるんじゃないかと思うくらい動悸が激しい。加えてさっき嘘をついた罪悪感からか、余計にその視線が痛い。まるで針のむしろに座らされてる気分だ。



「あ、ああ! 部活ね! うん、なんか今日はないみた、い……」

「……早く履け」

「ははは、はいっ!」



 なんだろう。口調は静かだけど醸し出す雰囲気はやたら薄ら寒い。やっぱり怒ったんだろうか。ていうか怒ってるよね油女くん。だって相変わらず無口な分の力は視線に乗って私に突き刺さっているんだから。促されて慌てて足を突っ込んだローファーは踵が潰れてしまって、ほんのちょっとだけ不快な気分になった。どうしてこうも強烈な視線を向けられてなお、私は彼の言うことを聞いているんだろう。理由を知れたら少しは油女くんのこと、怖いと思わなくなるかもしれないのに。



「……行くぞ」

「は、はい……っ、……って、ええ?!」



 促されて顔を上げた瞬間、驚きと羞恥から素っ頓狂な声が出た。だだだっ、だってこれ……。



「……どうした」

「あああ油女くん、その、あの……」



 ちらり。視線を移したのは私の手。別に何てことない普通の手なのだけれど、そこにはあり得ない光景が広がっていた。油女くんの手が、私の手を握り締めていたのだ。筋ばった男の子特有の大きな掌は私の手をすっぽり包んでいる。どんな羞恥プレイだ油女くん!



「……嫌か?」



 静かに響く油女くんの声には甘やかな色気すら感じられて、もうまともに視線を合わせることすら出来ない。顔に熱が集まるのを抑えきれず何も言えずに俯いたまま、ただ油女くんが握った手をじっと見つめるしかなかった。



「……嫌じゃない。そう捉えてもいいな?」

「ち、ちが……」

「もう遅い」



 有無を言わさず引っ張られるままに生徒玄関を後にした。すれ違う生徒たちが好奇の視線を向ける中、ちらりと盗み見た油女くんの表情は満足げで。今更離して欲しいなんて、どう足掻いても言い出せない状況に冷や汗が出た──





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