「指輪が……な、い」



 約束の時間まであと一時間。体中からさああと血の気が引いていく。無機質に時を刻む時計の音に内心焦りながら部屋中を掻き回してみるもどうしても見つからない。どうしようどうしよう。あれは大切な指輪なのに──















 タイムリミット。結局見つからない指輪の行方に待ち合わせ場所へ向かう足が重い。ぐるぐると未だ指輪の行方を脳内で必死に思い浮かべていた私はまさに心ここにあらずだったようだ。唐突に強い力が腕を引いた瞬間にようやく自分が待ち合わせ場所に着いていたのだと気付いた。



「なにボケっとしてんだよ」

「シカ、マル……」

「新手の嫌がらせかと思ったっつうの」

「あ、うん……ごめん」

「行くか」

「……うん」



 シカマルに促されて再び足を動かす。けれどどうしても指輪の行方が気になって仕方ない。いつもなら幸せに満ちた時間のはずなのに。そう思うとシカマルに対する罪悪感が先に立って楽しめない。



「……どうした?」

「あ……ううん、なんでも、ない」

「休憩すっか。顔色悪いぞ」

「ん……」



 言えない。あれは私にとってもシカマルにとっても大切な思い出だ。今でも鮮明なあの日の光景が脳裏に浮かんで、気付けばその広い背中に縋り付いていた──











「やるよ」

「え……コレ、」

「安物で悪いけどよ」

「……開けても、いい?」

「……ああ」






 付き合い始めてから初めてのクリスマス。照れくさそうなシカマルの顔も、嬉しくてわんわん泣いた私の頭を困った顔して撫でてくれた掌の温かさも何もかも覚えてる。だからこそ大切だったのに。一生のたからものだったのに。



「なまえ?」

「……っめん、なさ、」

「……ん?」

「ゆ、ゆび、わ……シカマルに貰っ、た」

「ああ……」

「見つから、なく、って……」

「……」



 そのまま俯いてぼたぼたと地面に雫を落とし続ける私にはシカマルが今どんな表情でいるのかは解らない。けれどきっと怒りか呆れのどちらかに違いない。もし、もしシカマルが許してくれなかったら。こんな私に愛想を尽かしてしまったら。そう考えると胸が締めつけられるように痛んで、いよいよ私の涙腺は崩壊しかけている。



「……そんだけ?」

「……え?」

「指輪、見つからないって、そんだけで……泣いてんのか?」

「だ、だって、」

「なまえ」

「っ、」



 言いかけた言葉はシカマルの私を呼ぶ声であっけなく途切れた。いつもと同じ優しいシカマルの声に無意識に唇を噛みしめる。それだけ、じゃない。少なくとも私にとっては大事なことなんだ。指輪に対するシカマルと私の認識の違いが悲しくて、また涙腺が緩みかけた。



「悪い……。けどオレにとっては好都合、だな」

「……?」

「ほら。手え貸せ」

「……」

「……あのよ、目え瞑っててくんねえか」

「……?」

「いいから」



 促されるままに目を瞑ると左手に感じたシカマルの体温。そっと持ち上げられる感覚になぜか急に心臓が落ち着かなくなった。あの日と同じ。ドキドキ、する。



「……いいぜ」



 優しく鼓膜を震わせるシカマルの声にゆっくり目を開ける。未だ繋がれたままのシカマルの指と私の指が視界に入った瞬間、弾かれるように私は顔を上げていた。信じられ、ない。



「……今度は安物じゃねえから」

「シカ、マル……」

「給料三ヶ月分。……意味、解るよな?」

「……っ!」



 キラキラ光るイルミネーションが私とシカマルの周りを彩る。だけどもう、何も目に入らなかった。あの日と同じ照れくさそうな顔したシカマルに思いきり抱きついたなら、私の涙腺はいよいよ崩壊してしまったのだった。


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