すたすたと前を歩く若干猫背気味な背中を追いかけながら浮かんだのは、幸せなはずの現状からは程遠い感情だった。



「シカマル……」

「あ?」

「なにか……怒ってる?」

「……別に」

「……」

「行くぞ」

「……うん」



 学校全体が熱に浮かされたような喧騒に包まれている中、それでも私とシカマルの間に流れるのはその騒がしさとは裏腹の沈黙。普段からそんなに多くを語るほうじゃないけれど、今日のシカマルはいつにもまして寡黙だった。そして私の感情もそれに比例するようにどんどん暗いほうへ沈んでいく。



「シカちゃーん! こっちこっち!」

「キバ」



 沈黙のまま歩き続けていた私たちの前方からやけに明るい声がして顔を上げれば、腕に「実行委員」の腕章をした犬塚くんが大きく手を振っていた。そのまま犬塚くんの方へ近付いていくと、ニコニコと笑いながら手を差し出された。



「ほら、カード出せよ」

「あ、うん……」

「ん、なんだよまだこれだけかよ?」

「うっせえよ」

「っかー! お前なあ、参加したくてもできねえヤツらもいんだぜ? もうちょっとやる気出せよ」

「そもそも無理やり参加させたのはお前だろうが」

「ばっかお前! 「恋人限定」の文字が見えねえの? せっかくの学祭なんだからなまえとラブラブさせてやろうっつうオレの気遣いが解んねえわけ?」

「知るか」

「ったく……ほらよ、なまえ」

「あ、うん……ありがとう」



 犬塚くんに渡されたカードには「恋人限定! 学祭ウォークラリー」の文字が大きく躍っている。渡された当初は照れくささと恋人認定されていると浮かれていたけれど、今となっては恥ずかしいだけだ。当のシカマルはまったく興味なさそうな顔でむしろめんどくさそうだし、ひとりで浮かれていた私がなんだかバカみたいに思えた。



「次行くぞ」

「……」

「なまえ?」

「……もう、いいよ」

「あ?」

「だから、もういいって」

「……なんで?」

「……」



 言えない。言えるわけがない。無自覚かもしれないが、めんどくささが態度の端々に出ているひととこれ以上一緒にいたって楽しいはずがない。思わず握りしめた掌の中で、くしゃりとカードが潰れたのが解った。



「シカマルは……」

「ん?」

「シカマルは、私といて……楽しいの?」



 意を決して口にした言葉に一瞬目を見開いたシカマルは、そのまま気まずそうに視線を逸らす。それから数秒後、ぽつりと吐き出すように口を開いた。



「……別に、嫌じゃねえよ」

「……うん。もう、やめよ」

「は?」

「……無理やり付き合わせちゃってごめん。これ、捨てとく」

「……なまえ?」

「最後まで気の利かない彼女でごめんね。でも、シカマルならすぐに素敵な女の子が見つかるよ」

「なに、言ってんだ……?」

「……」

「なまえ……?」

「……別れ、よう」


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