「おとうさんもっと!」 「へいへい……っと」 「おとうさんこっちも!」 「ちょっと待ってろ」 「おかあさーん! スコップどこ!?」 きゃいきゃい騒ぐガキどもの声に囲まれながら、オレはそのテンションの高さと寒さで若干辟易していた。手には雪かき用のスコップ。数年ぶりの記録的な寒波が押し寄せた一昨日、降り続いた雪は辺り一面を銀世界へと変化させていた。庭の木は文字通り綿帽子をかぶり、まるで犬のように喜んで庭を駆け回るガキどもの姿に思わず脳内をあの有名な歌がよぎったほどだ。ここまではまだいい。まだ笑っていられる範疇だった。 「シカマル、私しばらく外にいるから」 今からおよそ一時間前。背後からかかったその声に振り返れば、そこには毛糸の帽子をかぶり、首にはマフラー、フード付きの防寒着に身を包んだなまえが立っていた。いや、なまえらしき物体といったほうがいいのか。なにしろ顔のほとんどが隠れてるような状態で、どっからどうみても不審者にしか見えなかったからだ。 「……完全防備だな」 「まあね、子供たちがはしゃいじゃって仕方なく?」 「ああ……」 大方の察しがついてオレは深く息を吐いた。朝起きたらふかふかした雪が大量に積もっているのを見てテンションが上がったんだろう。なまえに防寒着を出せとせがむ子供たちが容易に想像できた。なまえもなまえで冬はこたつから出たがらねえくらい寒さに弱いくせにガキには甘いもんだ。いそいそと笑いながら防寒着を出してやる姿がまたもや容易に想像できた。 「おかあさーん! 早く!」 「あ、はーい。じゃ行ってくるね」 「おう、無理すんなよ」 「はーい」 ひとりになったリビングでこたつにあたりながら湯呑みを傾ける。さて、これからどうするかな。手伝いに行ってやってもいいが、どうせなまえのことだから休みの日くらいゆっくり休めって言ってくるに決まっている。何をするにしてもオレを一番に考えてくれるのは嬉しいが、正直それじゃ男として情けねえよな。そこまで考えてひとつ頷いたなら、オレは自分の上着へと手を伸ばし玄関へと足を向けていた── 外に出れば白い息を吐きながらひたすら雪をかくなまえと、その横で山になった雪に抱き付くようにして必死によじ登っているガキどもが目に入る。寒さなんて気にならねえのかどいつもこいつも楽しそうに笑っていやがる。 「あんま登ると崩れるぞ?」 「おとうさん!」 「シカマル? 休んでていいのに」 「なまえに任せておいたら日が暮れても終わんねえよ」 「あ、ひどい」 「いいから貸せ。ガキどもと一緒に遊んでろよ」 「う、ん……じゃあ、お願いします」 「おう」 ──なんて、返事をしたまでは良かったが、なにぶん雪が多すぎた。ひと一人通れるくらいがやっとの道をようやく開通させた頃には辺りはすでに薄暗くなっていて、あれほど騒がしかったガキどもの声も聞こえてこない。置いてきぼりかよ……オレ。 「シカマル」 溜め息をひとつ吐いてガキどもの置いていった子供用のスコップを片付け始めたオレの耳に聞き慣れた声が滑り込む。顔を上げれば声の主が寒そうに腕を組んで笑っていた。 「お疲れさま。お風呂わかしてあるよ」 「アイツらは?」 「疲れたみたいでお風呂入ったら寝ちゃった」 「そうか」 「後片付けは私がやるからシカマルは家に入ってていいよ」 「アホか。んな薄着で風邪引くだろが」 「大丈夫だよ」 「いいから家ん中入ってろ。見てるこっちが寒い」 「……はあい」 いかにも不満げに口を尖らせるなまえの姿に思わず笑みが零れる。明日は私がもっと道広げとくんだから──そういって振り向いたその瞳はまるで負けず嫌いな子供みてえに闘志を燃やしていた。内心、お前は子供かとツッコミを入れつつも、そういや一度言い出したら聞かない女だったと思い出して溜め息が零れた。 「あ、そうだ! 見せたいものがあったんだ」 「……?」 「こっちこっち」 なまえが楽しそうに指差したのは家の玄関、その両脇によけた雪山だった。道と雪山の境目すら判別つかない真っ白なそこを目を凝らして見るも、はっきり言ってお手上げだった。なまえの言う見せたいものとやらがまったく視界に入ってこない。 「どこ見てるの。ほらこっち」 「あー……」 「ほら見て。可愛いでしょう?」 「……!」 自慢げに指差した先、視界に入ったそれに目が点になる。もしかしてずっと静かだったのはこれを作っていたせいか。 並んでいたのはいびつで不格好な雪だるまたち。中でもいちばん大きいそれにはご丁寧にちょんまげまでつけてある。誰を模しているのかなんて一目瞭然で、思わず口角が上がるのを抑えられない。他の小さなものもやっぱり家の誰かを模したものだと解るほど特徴を捉えていて、あの小さな手がこれを作ったのかと思うと親バカじゃねえけど感慨深いものがあった。 「ああ……そうだな」 家に入ってすやすやと眠るガキどもの寝顔をまじまじと見つめる。まだまだ母親にべったりで、オレの存在なんてまるで空気以下の扱いだと思ってたけど意外とそうでもなかったのな。お礼の意味も込めてそっと頭を撫でてみれば、ふにゃりと幸せそうに綻んだ寝顔。つられるように口角が上がるのを認識したなら、オレはなんだか満たされた気分で風呂へと向かうべく立ち上がったのだった。 . |