もうダメだ。きっと死ぬ。はあはあと荒く息を吐き出しながら、私は部屋へと続く床にはいつくばっていた。


「うー……」


 少し体を動かしただけで体中を這いまわる悪寒。もはや寒いのか熱いのか自分でも解らない。それくらい体調はよろしくないらしい。キシキシと音が出るんじゃないかと思うほど痛む関節を無理やり動かし、とりあえず部屋を目指す。狭いと思っていた自分の部屋がこんなに広いと感じる日がくるなんて思ってもみなくて無性に泣きたくなった。それでも今この部屋には自分ひとり。どれだけ体調が悪かろうと自分でなんとかしなければ悪化の一途をたどるだけだ。歯を食いしばり、再び動き出そうとしたその時だった。


「なに……してんの?」
「っ、」


 背後からかけられた声にびくりと体が反応した。しかし悲しいかな振り向く気力も体力ももはや私には残されてはいなかった。いつもなら不法侵入にすかさずツッコミを入れるところだが、あいにく今は口を開くのも億劫なのでスルーしてあげることにした。だから早く帰ってくださいお願いします。


「なにしてんのって……聞いてるんだけど?」


 ……え? なにこの感じ。なにか背後からびしばしと怒りのオーラを感じるんですけど。私、はたけさん怒らせるようなことしてませんよ最近。そうは思ってみても怒っているオーラを放つはたけさんは間違いなく怖いので喉の痛みを我慢しておそるおそる口を開いた。


「風邪……引いた、みたい、です……」
「……」
「伝染ったら困る、んで……しばらく、は、来ないほう、がっ!?」


 言いきらないうちに体に感じた浮遊感。驚いて見上げた瞬間、呆れた視線をよこすはたけさんと目が合った。


「……バカじゃないの?」
「へ、え、あ?」
「なんですぐにオレかヤマトを呼ばないの!?」
「……へ」


 いやいやいや。伝染したくないって言いましたよね私。これでも上忍さんの重要性は認識しているつもりなんですけど。しがない勤め人の私と違って、彼らがもし体調を崩したらそれこそ困る人が大勢いる。だから私ひとりのことにそんなに必死にならないで欲しいのだ。そんなことを考えてたら一際大きな溜め息が頭上から降ってきた。


「……いまさら遠慮なんかする間柄でもないでしょうに」
「や、でも、」
「でももだってもないの! 黙って看病されてなさい!」


 これでもかと被せられた布団からなんとか顔を出せば、薬を探しているのか部屋中の引き出しを物色しているはたけさんの背中が目に入った。水を差すようで悪いんですが台所の引き出しに薬を入れる人なんていないと思います。少し落ち着いてください。


「はたけさん……薬、切らしてるんで……」
「あああもう! ヤマトはどこ行ったのよ!」
「呼びました?」


 はたけさんの苛立った声にのんきに返事したヤマトさんがひょっこりと部屋に顔を出した。その時のはたけさんの顔はそりゃあもう恐ろしく殺気立っていて、ヤマトさんの顔色が一瞬にして青ざめていくのが見てとれた。ごめんなさい。今はフォローしてあげる気力はありません。


「今すぐ風邪薬買ってきて! それと消化に良さそうなもの! お金はお前出しといて!」
「はい……?」
「早く!」
「は、はい! 行ってきます!」


 あああ。はたけさんのあまりの剣幕にヤマトさんてば自腹切らされそうなのに気付いてないよ。はたけさん後でちゃんと払ってあげるんだろうか。そんな心配からはたけさんを盗み見れば、私の視線に気付いたはたけさんが軽く笑って手を振った。


「大丈夫だからね」


 いやいや。私が心配しているのはそこじゃありません。だけど私の頭をゆっくりと撫でるはたけさんの掌の感触が、あまりにも心地よくて、優しいものだったから、そんなことどうでも良くなってくる。なんだか眠くなって、きた、ぞ……。


「ただいま戻りました!」
「っ、」


 いよいよ夢の世界へと旅立とうとしていたその時、蹴破らんばかりの勢いで玄関から転がり込んできたヤマトさんに一瞬にして眠気が吹っ飛んだ。ええ、そりゃもう完璧に。そして聞こえたはたけさんの舌打ちに冷や汗が流れるのを感じながら、私は心中ヤマトさんに手を合わせたのだった。合掌。



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