「カカシ先輩、早く出て下さいって!」
「んー……もうちょっと」
「待ってる人の身にもなって下さいよ!」
「生理現象なんだから仕方ないでしょうが」


 ひとつ言っておこう。我が家のトイレで激しい(?)攻防戦を繰り広げる彼らの家は私の部屋の隣だ。アパートの一室の造りなんて大家さんがよほどの建築好きか、金持ちでもなければどれもほぼ一緒のはず。なのに何故だろうか。いつのまにか習慣になってしまった朝食の後、彼らは必ずこの攻防戦を繰り広げている。仮にもこの部屋の主は私だというのに。一体彼らは私の部屋をなんだと思っているのだろうか。一度ちゃんと聞いておくべきなのかもしれない。そしてもうひとつ。私だって人間だ。よって然るべき生理現象は当たり前に私にも訪れる。つまり早く出てきて欲しいのは私も一緒だということなのだ。


「はたけさん、あの……」
「ん、なに」
「出てきて、くれませんか……あの、その、」


 い、言い出しにくい。私だって一応だけど女だ。いくらお隣さんで仲良くさせてもらってるとはいえ、顔だけはやたらいい彼らの前でそのひとことを口にするのは流石に抵抗がある。しかし現実とは厳しいもので、どんどん切迫してくる生理現象は悠長に待ってはくれないのだ。


「どうしたのー?」
「いや、あの、だから……」


 出てこいって言ってんだよ! 仮にも上忍なんだから察して大人しく明け渡して自分の部屋に帰れー! 今にも怒鳴りつけたい衝動を必死で抑えながらも、しぶとくトイレのドアをノックする。もう、泣きたい。


「もうちょっと待ってね、今いいとこだから」
「……はい?」
「ちょっと先輩! またイチャパラ読んでますね!?」


 いま……今なんて言った? さながら新聞を持ち込んでまったりするお父さんのようなはたけさんの言葉に、私の中のなにかがプツンと切れた音がした。


「……もういいです」
「ん?」
「大家さんとこでトイレ借りてきます」
「う、うん」
「ついでに部屋も替えてもらうようにお願いしてきますので」
「うん……って、ええっ!」
「それじゃ」


 吐き捨てるように言ってそのままズカズカと玄関へと足を向ける。身体的にも精神的にも我慢の限界だ。はたけさんの焦った声がドアの向こうから聞こえてくるけどもう構うものか。


「待って」


 サンダルに足を引っかけて玄関のドアに手を伸ばした瞬間、耳に届いた優しい声と肩に乗せられた掌の暖かい感触。それどころじゃない状況だというのに足が勝手に止まった。


「はいこれ」
「……なんですか」
「ボクの部屋の鍵。よかったら使って」


 掌に乗せられたのは私もよく知る形の銀色。少し生暖かいのはポケットに入れていたせいだろう。


「結構です。大家さんとこで、」
「いいから、ね?」
「……はい」


 有無を言わせぬ笑顔のヤマトさんに鍵を握らされて促されるままに部屋を後にした。おそるおそる入ったヤマトさんの部屋はそれはもう綺麗なもので、ちょっとした自己嫌悪に陥りかける。けれど、ほんのり鼻をくすぐる優しい香りはさっきまでのイライラを和らげてくれて。結局、トイレタイムを満喫した私が大家さんへお願いに行くことはなかったのだった。

 そして私が満喫している間、はたけさんが正座させられてお説教されていることなど、もちろん私の知ったことではない。自業自得だ。合掌。


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