「いの……帰っちゃ、ダメ……?」 「ダメ! まだ花火始まってないじゃない」 「人が多すぎて酔いそう……気持ち悪い」 「しょうがないわね! なんか買ってきてあげるから、あそこのベンチで休んでなさい!」 「いや……それより、」 「いいわね!? 絶対に動くんじゃないわよ!」 「……はい」 ぱたぱたと浴衣の裾を気にしながら駆けていくいのの後ろ姿を眺めながら、相変わらず途切れることのない人波に思わず溜め息が出た。 花火大会に行こうといのから電話がかかってきたのは当日、昼寝を満喫していた今日の昼下がりのことだった。人混みが苦手な私はもちろん即答で断ったというのに、結局押し切られる形で無理やり約束させられた挙げ句、家まで迎えに来られては逃げようがない。今からでもいいから帰らせてもらえないかな。 「なまえ」 「……?」 雑踏に混じって聞き覚えのある声がした気がして顔を上げれば、手にラムネの瓶を二本持ったシカマルが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。 「大丈夫か?」 「シカマル……?」 「そこでいのに会ってよ。お前が気分悪いって聞いたからよ……ほら、飲めるか?」 「ああ……うん、大丈夫」 受け取ったラムネを口に含めば、炭酸特有のしゅわしゅわした感覚が少し気分を軽くしてくれた。これなら歩いて帰れそうだ。うん、大丈夫。 「そういえばいのは?」 「あ、ああ……オレと会った時にたまたまサスケもいて……」 「あはは、いのらしいね。で、シカマルが押し付けられちゃった訳だ」 「あー……まあな」 「ごめんね。もう大丈夫だから、シカマルは花火見に行きなよ。もうそろそろ始まるんじゃない?」 「……お前は?」 「私? 帰るけど?」 「んじゃオレも帰るわ」 「へ?」 「おら、行くぞ」 ……いやいやいや。意味が解らない。無理やり引っ張ってこられた私と違って、シカマルは自分の意思で花火を見に来たんじゃないのか。それともアレか。実はシカマルも無理やり引っ張ってこられたクチか? いやでも浴衣着てるしな……。 「シカマル、私ならもう平気だし。アンタ花火見に来たんでしょ?」 「……」 「浴衣まで着てんだからもったいないよ。行ってき、」 「っ、いいんだよ!」 「!」 突然のシカマルの大声に思わず足が止まった。私、なにかマズいこと言っただろうか。だって、めんどくさがりで有名なシカマルが珍しく気合い入った格好してたから、よっぽど花火見たいんだと思ったのに。私なんかに構ってシカマルが花火を楽しめなかったら悪いと思って言ったのに。 気まずい沈黙に押しつぶされそうになったその時、ドオンという爆音とともにまばゆい光が私の足元を照らし出した。ああ、花火始まっちゃったな。 「じゃ、じゃあね! ゆっくり花火楽しんできなよ!」 「あ、おい!」 背中にかかるシカマルの声に気付かないフリをして、私はばたばたと走り出していた。一瞬、花火に照らされたシカマルの顔が困っているようにも怒っているようにも見えたから、どうしたらいいか解らなかった。からからと鳴るビー玉の音に立ち止まれば、シカマルのくれたラムネの瓶はまだ私の手の中にあった。あ、そういえばこれのお礼言ってないや……もういっか、新学期で。考えるのもめんどくさい。 「おま……っ! やっと、見つけた、ぜ……!」 「は……? って、シカマル!? なにやって、」 最後まで言えなかったのは突然の圧迫感のせい。暗くなった視界の中、乱れた息遣いと激しい鼓動がダイレクトに耳を刺激して思考が追いつかない。 「悪い……オレが、頼んだんだ」 「え、あ、は?」 「いのに……お前連れてこれたら、オレもサスケ連れてきてやるって」 「え……あ、あはは、そうな……はああ!?」 もともと追いつかない思考がさらにこんがらがって、もうなにも考えられない。ただ、いののニンマリ顔が脳裏に浮かんで、私は恋する人間のしたたかさというものをしみじみと実感したのだった── 帰る帰らないで揉めた挙げ句、結局またもや押し切られる形でシカマルの部屋の窓から花火を見ることになった。そして花火を見ながら、やけに腰にくる声に浮かされてシカマルの告白につい頷いた私は決して悪くない……はずだ。 . |