「奈良ー……」 「あ?」 「つまんない」 「仕方ねえだろ」 「うー……奇跡が起きないかなあ」 「まあ、無理だろ」 興味なんかまるでなさそうに雑誌を捲る目の前の男の一言は、憂鬱だった私の気分をさらにどん底まで叩き落としてくれた。夏休みに入って初めての日曜日。今日はいつものメンツで海に行っているはずだった。なのに、窓の外はざざ降りの雨。激しく窓を叩く雨足にひとりこっそりと溜め息を吐いた。 「なんでそんなに行きてえんだよ」 「……青春だからだよ奈良シカマルくん」 「は?」 「考えてもみたまえ。どうせ来年の今頃、私たちは受験生なのだよ?」 「そうだな」 「そう……今、この夏こそが最後の青春と言っても過言ではないのだよ!」 「……だから?」 「だから思いっきり遊びたいんだよこんちくしょう!」 拳をテーブルに打ちつけ、声も高らかに思いっきり力説した私に奈良の冷めた視線が突き刺さるが気にしたら負けだ。とにかく行きたいものは行きたいんだ。 「……で? 本当のトコは?」 「……!」 呆れたように雑誌から目を離して顔を上げた奈良の言葉に息を飲んだ。なにもかもを見透かしたようなその視線に、徐々に顔に熱が集まってきて思わず俯いてしまう。 「そんだけ、じゃねえんだろ?」 「……」 「ん?」 「……あ、新しい水着、買ったし、」 「ん」 「ダイエットだって、頑張ったし、」 「ん」 「私だって一応……女、だし、」 「ん」 「……」 このにぶちんは絶対に解ってない。全部ぜんぶアンタに見てもらいたくて、私を視界に入れて欲しくて頑張ったんだよ。どうせ外出るのもめんどくさかったに違いないから、今日の雨は奈良にとってはラッキーだったんだろうな。そう思ったらもう何も言えなくなって、未だ降り続く雨が打ちつける窓に視線を向けた。 「……オレ的には今日の天気、ラッキーだったけどな」 「……言うと思った」 やっぱりね。解ってた。解ってたけど、それでも言わないで欲しかった。奈良にとってめんどくさいことでも、それでも一緒に行けるってだけで浮かれてた自分が情けなくて泣きたくなった。 「んだよそれ……言っとくけど、面倒だからとかじゃねえぞ」 「……どういう、意味?」 どくどく鳴る心臓。必死で抑えながら平静を装ってそう尋ねる。けれど返ってきたのはいつものめんどくさそうな表情ではなく、少し照れたように、けれどどこか余裕そうに口角を上げた男の顔だった。 「どういう意味、だと思う?」 「……っ、」 「考えてみ? 正解したら今度海連れてってやるからよ」 「……!」 「どうした?」 「し、心臓に悪い……」 「は?」 これ以上ないくらい熱くなった顔でやっとこ口にした答えはどうやら正解だったようだ。今まで見たどの顔よりも満足げで嬉しそうに笑う奈良の顔に、いつもの夏とは違う、浮き足立った気持ちが胸に湧き上がってくるのを感じた。そして数日後、新たな関係の始まった私たちが二人だけで海に行ったことは新学期が始まるまでの秘密となったのだった。 . |