「奈良お願い助けて!」

「あ? どうした」

「しゅ、」

「却下」

「まだ全部言ってない!」

「どうせ課題手伝えっつうんだろ。ほれ見てみろ」

「……まっ、しろ」



 見せられた課題のノートに私の頭は真っ白になり、さらに多分だけど顔は見事に青ざめていただろう。たっぷり何十秒かふたりして無言で立ち尽くし、どちらからともなく溜め息を零した。



「一緒に、頑張ろっか……」



 夏休みも終盤になり遊んでいたツケが今頃になって回ってきた。あと数日もすれば新しい学期に入るというのに、私もそして奈良もすっかりその存在を忘れていたのだ。地道にコツコツやっていれば良かった、などいまさら後悔しても時すでに遅し。後悔先に立たずとはよくいったものだ。



「……」

「……」



 お互い無言で課題に向き合く空間には、ただペンを走らせる音だけが響いている。窓の外からはまだまだ夏が終わって欲しくないと主張するような蝉の声が聞こえていた。



「奈良ー……」

「あ?」

「今年何回プール行った?」

「……今年はまだ一回も行ってねえよ」

「ふーん……」

「なんだよ」

「いや別に。だからそんなに白いのかと思って」

「そういうお前は焼けたな」

「うっさい。これが青春の証だよ」



 ふん、と鼻を鳴らして再び課題に視線を落としてみたけどなんでだろう、なんだか全然集中できない。蝉の声がうるさすぎるせいだろうか。それともこの暑さにやられたのか。どうにもやる気が起きずにとうとう私はペンを転がした。ダメだ。もう無理。



「おい、課題やんねえの?」

「んー……」



 ぺたりと開いたまんまのページに顔を伏せ、やる気ないアピールをしてみる。泣きついた割にまったく危機感がないのはそういう性格だからと思い込むことにした。ぐだぐだと駄々をこねる子供のようにページの端から端まで頭を揺らしていれば、ふ、と空気が揺れた気がした。のっそりと頭を持ち上げてみれば綺麗に切り揃えられた爪が視界に入った。それが奈良のものだと理解するまでにたっぷり十秒。けれどその手の下から覗くものがなにかを理解した瞬間、私は勢いよく顔を上げていた。



「な、奈良……こ、これ、は」

「……一回くらい行っとこうかと思ってよ」

「連れてってくれる、の?」

「課題が一段落したらな」

「! やるやる! もうはりきってやっちゃうよ!」

「……現金な女」



 奈良の呆れた声と大きな溜め息が聞こえてきたけど気にならない。だってまだ私の夏は終わっていない。終わらせる訳にはいかないんだから。
 ふたりの課題の間に置かれたプールの入場券にちらりと視線を遣る。自然と緩む頬を無理やり引き締めたなら、私は再び課題に向き合い始めたのだった。



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