なんでだろう。さっきから心臓のあたりがすごくもやもやする。ビールジョッキを片手に目の前で繰り広げられている仲良さげな男女のやりとりに、私の口からは知らず溜め息が零れていた。



「いいじゃない、行こうよシカマル」

「やなこった。どうせ荷物持ちだろが」

「スイカ丸々一個をか弱い女の子に持たせる気ー?」



 信じらんない。そういって頬を膨らます可愛らしい後輩にテーブルを挟んで座る目の前の奈良くんはやれやれと肩を竦めてビールジョッキを傾けた。どうでもいいがやるなら余所でやってくれないだろうか。せっかく暑気払いと称して来たビアガーデンだというのに、涼しくなるどころじゃない雰囲気なんだが。どうやら今週末にこの可愛らしい後輩は海に行くようだ。けれど荷物持ちとして誘ったらしい肝心の奈良くんは首を縦に振ろうとしない。そんな感じで一向に話は進まず、さっきから繰り返される会話に私は若干辟易していた。



「ねえ! なまえ先輩はどう思います?」

「っ、いの! おま……っ!」

「どうって……まあ、優しいにこしたことはないと思うけど」

「ほら見なさい! そんなんだから彼女できないのよ?」

「それとオレの荷物持ちは関係ねえ」



 一刀両断。すっぱりと言い切った奈良くんはとどめとばかりに未だ膨れる後輩をその切れ長の目で睨みつけた。あ、なんかヤバい。ふたりの間に目に見えない火花が激しく散り始めてるじゃないか。ここはもう大人しく退散して別のテーブルについた方が良さそうだ。



「あ……えーと、ビールなくなっちゃった、な」



 この際棒読みでもなんでもいい。とにかくこのテーブルから離れたい一心でわざとらしくビールジョッキを持ち上げた。よし、後は席を立つだけだ。心の中でガッツポーズを決めて腰を浮かしかけた瞬間、確かに私の手にあったはずのビールジョッキはその姿を消していた。



「あ、あれ……?」



 状況が上手く飲み込めずに、消えたビールジョッキを探して目を泳がせる。と、先ほどまで確かに後輩と睨み合っていた奈良くんがビールジョッキ片手にビールサーバーへと向かって歩いていくのが見えた。き、切り替え早すぎないか奈良くん。そして私のビールジョッキはどこに?


 完全に席を離れるタイミングを失った私は仕方なく再び腰を落ち着けてテーブルの上にある酒の肴へと手を伸ばした。あ、意外と美味しい。



「どうぞ」



 もぐもぐと酒の肴を頬張っていた私の前に置かれたのは消えたはずのビールジョッキ。しかも空だったはずのそれは今注いだばかりのように綺麗に泡が立っている。不思議に思って腕を辿って視線を上げると、にこりと笑みを浮かべた奈良くんがそこに立っていた。



「あ、ああ……ありがとう」

「いえ」

「ビールくらい自分で取りにいけたのに。ごめんね」

「……先輩が言ったんすよ」

「へ? な、なにを……?」

「男は優しいにこしたことないって」

「……は?」



 意味が解らない。言い方は悪いがそういうの奈良くんはまったく気にするような人間には見えないのだ。首を傾げる私に、自分の言いたいことが伝わらなかったのが解ったのか奈良くんが深々と溜め息を吐いた。



「……先輩のためなら、スイカ丸々一個持たされても文句言わねえってことですよ」

「え? は? スイ、カ……?」

「……案外鈍いんすね、先輩」



 更に深い溜め息を吐いた奈良くんにますます訳が解らなくなる。だけどそんな奈良くんの後ろであの可愛らしい後輩がニヤニヤ人の悪い笑顔を浮かべているのを見て、なぜだか解らないがひどく悪いことをしたような気分になった。ごめんね奈良くんこんな先輩で。



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