草木も眠る丑三つ時。薄汚れた格好のオレは、息を切らせて走っていた。



「も、もう少し……」



 春が近いとはいえ今は夜中。昼間の暖かさが嘘のように暗く冷えきった空気の中、自分の吐く息だけが白い。
 走って走って──漸く辿り着いたのは自宅の前。
 息を整えたオレは、自分の家だというのにまるで任務中のように慎重に、かつ音もなく静かに扉を開けて身体を滑り込ませた。



「……あのねえカカシ? そんな慎重に入らなくても、」

「っ、しーっ!」



 人差し指を鼻の前に立てて耳をすませて、なんの異変もないことを確認するとオレは、はあ、息を吐いた。



「……サツマは?」

「寝てるに決まってんでしょ」

「あ、そう……」



 しょんぼり。眉を八の字に下げてガックリ肩を落とすオレの姿──里の皆が見たらさぞかし幻滅するだろう、とはいつか奥さんのなまえが溜め息混じりに漏らした言葉だ。
 三か月前に誕生したふたりの初めての赤ん坊──サツマ(♀)はそりゃあもう可愛くて可愛くて。
 暇さえあればサツマの周りをウロウロし、なまえにだらしない顔晒さないでよね、なんて呆れられつつも、その可愛さから目が離せないでいる。



「ね……もうそろそろ、おっぱいの時間じゃないの?」

「そうね……でもカカシは先ずお風呂行きなさいね?」

「ヤダ! サツマが一生懸命おっぱい飲むトコ見てたいもん!」

「はあっ!? 何回見る気よ、このスケベッ!!」

「べっ、別にお前の胸なんか見たいワケじゃないから! オレはサツ、マ……の、」



 そこまで言いかけて、オレは部屋の空気が急に不穏なものに変化していくのを感じて口を噤んだ。
 目の前には肩を震わせて俯くなまえの姿。放つオーラはどんな強敵よりも黒く禍々しい。



「あ……あの、ね?」

「……よーく解ったわ」

「今のは言葉の絢ってヤツで……ね?」



 がたん。立ち上がったなまえは振り返ることなく部屋を出て行き、夫婦の寝室へと入っていったかと思うと。
 どたん、ばたん。派手にクローゼットの扉を開閉する音が響いた後、大きなキャリーバッグを抱えて再び現れた。



「な、なに……? そのでっかい荷物……」

「……そんなにサツマが大事ならカカシが面倒みればいいじゃない」

「え……」

「もう実家に帰る! カカシのバカッ!」

「え、ちょ……待っ、」



 つかつか。玄関へと続く廊下を歩くなまえの背中を追いかけようと手を伸ばしてみるものの。



「ふ、ふああっ! あああっ!」



 タイミング悪く腹を空かせたサツマが目を覚まして泣き出して。
 その泣き声に思わず意識を向けた瞬間──



「っ、どうぞこれからは親子仲良く水入らずで暮らしてくださいっ!」



 ばたんっ!! ものすごい音を立てて閉まった玄関。慌てて振り返って見るも、既になまえの姿はそこにはなかった──










「ふああっ! あああっ!」

「あー……お腹すいたね? よしよし……サツマ」



 オレがいくらあやしても、そこは本能に正直な赤ん坊。顔を真っ赤にしながら懸命に母親を呼ぶ。



「ミルクなんて……家にあったっけ?」



 泣き叫ぶサツマをあやしながらキッチンへ足を踏み入れるも、そこはなまえのテリトリー。何がどこにあるんだかサッパリ解りゃしない。
 とりあえず漁るだけ漁ったら出てきたのは外出用に買ってあった粉ミルク。
 ホッと安堵の息を吐き、さて作ろうとしたオレは自分の無知さにほとほと嫌気がさしてガックリうなだれた。



「ミルクって……どうやって作るのよ……?」










 はあ。リビングのソファにサツマを抱えたまま凭れかかると一気に押し寄せてくる疲労感。
 四苦八苦しながらも、なんとかサツマにミルクを与えて辛抱強くあやすこと1時間。
 くうくう。泣き疲れたのか、それとも満腹になったからかサツマは腕の中で安らかな寝息を立てている。



「結構……疲れるもんだね、コレは」



 ひとりの人間を育てる──親としては当たり前のことなんだけど、今までなまえはひとりで全部やってきてて。
 そんななまえを労うことも忘れて、さもそれが当然のことのように勘違いしてたんだ。



「なまえに……謝らなきゃね」



 ぽつり。天井に向かって呟くと、オレは任務の疲れと育児の疲れに負けて目を閉じた──















「──シ、カカシ?」



 ゆさゆさ。体を揺さぶられる感覚にうっすら瞼を開くと、そこには心配そうななまえの顔。
 その腕はしっかりとサツマを抱っこしていて。
 やっぱりこれが自然だよネ──なんて、見慣れた光景を目にして思わず頬が緩んだ──














「きゃああっ! なにこれ泥棒っ!?」

「あ、ごめーんネ? それ……オレがやったの」

「……今日1日、大掃除してもらうからね」

「えー……」

「終わらないとサツマと遊べないと思いなさいよ?」

「……頑張ります」




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