「あけましておめでとう、カカシ」



 柔らかい声の新年の挨拶が不意に耳に届いて閉じていた瞼をうっすらと開けた。ああ、そうだ新年を迎えたんだ。年末ギリギリまで任務に明け暮れていたオレは、なまえやサツマに去年一年の感謝を伝えることも出来ずに帰宅してすぐに布団とお友達になったんだったっけ。



「あう!」

「んー……おはよ、サツマ」

「ぶう!」



 ぺちん。いつものように朝の挨拶をしたオレの頬をサツマの紅葉のように小さくて可愛い手のひらが見事にヒットした。わー……流石にオレの娘、確実に痛いとこ狙ってきたよね。おかげで今ハッキリ目が覚めたよ……って、そうじゃなくて!
 がばり。起き上がったオレは隣で未だに膨れるサツマを抱えてバタバタとなまえの元へと慌てて走った。



「なまえっ! サツマがオレのことビンタした!」

「はい? なにお正月から寝ぼけてるの?」

「あーう?」

「違うって! いやホントだって!」

「どっちなのよ」

「あああああ! だから!」



 ガシガシと頭を掻き毟り、自分の言いたいことが伝わらないもどかしさにオレは頭を抱えた。その間も腕の中に収まるサツマの手は容赦なくオレの髪を引っ張っている。うんサツマ、パパ禿げちゃうからやめようか。



「サツマー? パパ痛いから止めてくれなーい?」

「あう!」

「がっ! 痛い痛い痛いっ! サツマやめてー! オレ本当に禿げちゃうっ!」

「あーう」

「こらっ! サツマ!」

「っ、!」



 痛みに堪えきれず思わず出た大きな声。その声に驚いたのか一瞬びくりと体を震わせてサツマの動きが止まった。
 おそるおそる顔を上げてそっと様子を窺うと、その瞳にじんわりと涙を浮かべ、頬を真っ赤に染めたサツマが口をへの字に歪めてオレを見つめていた。あ、これはヤバい。



「サ、サツマ……」

「うえ……」

「あ」

「うえっ、うええええっ! うええええっ!」

「サッ、サツマッ! ごめん! びっくりしたよね、ごめんねっ?!」

「びええええっ! ええっ、ふえっ!」



 やってしまった。慌てて抱っこしてあやしてみるも、いったん泣き出したサツマがなかなか収まらないのをオレはその身をもって充分理解している。けど今回のはオレ悪くなくない? サツマがなんでご機嫌斜めなのかさっぱり理解出来ないんだけど。
 はあ。体をのけぞらせて全身で暴れるサツマが落ちないよう必死で支えるオレの横で、呆れたような溜め息が零れた。見ればこんな時真っ先にサツマを宥めるはずのなまえが困ったように笑っていた。



「ちょっとなまえっ! 見てないで助けてよっ!」

「んー……大丈夫だよ、多分」

「はあっ?! って痛い痛いっ! サツマッ!」



 頑張れー。なんて呑気に応援しながら一向に助ける気配のないなまえに内心ちょっと苛立ちながらも、サツマの容赦ない攻撃を必死で避けて避けて──










 結局暴れるだけ暴れたサツマは、疲れたのか三十分後にはオレの腕の中ですやすやと寝息を立てていた。



「お疲れさま」

「……なんで助けてくんないのよ?」



 どっと疲れた体をサツマを抱いたままソファに預けて、サツマを起こさないよう小声で不満を口にしたら、なまえはまた困ったような笑顔を浮かべてぽつり、呟いた。



「……なんか、サツマの気持ちも解るから、ね」

「え?」

「ほら、クリスマスからカカシ入院してたし、退院したらしたですぐに任務だったでしょ? 構って貰いたかったんじゃないかな……」

「……」



 知らなかった。いや、サツマはまだ小さいからそんな感情なんて持ってないと思ってた。こんな小さな体にそんな感情を抱えていたなんて。俯いた視線の先、サツマの右手はオレのパジャマを強く握り締めていて。
 必要とされている──その事実がオレの胸をほこほこと満たしていく。



「ほら、疲れたでしょ? この際だからサツマと一緒にもっかい寝たら?」

「うん……そうする」



 こども体温のサツマの暖かさに加えて、さっきまでのサツマとの攻防戦の疲れがオレの瞼を重くしていって。可愛いかわいい娘の痛くてささやかな自己主張を思い出して小さく笑ったなら、今年は家族サービスしようと心に誓ってオレは目を閉じた──



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