「……なまえ」 「っ、はい……」 真剣味を帯びたシカマルの声になまえは思わず身を竦ませ顔を上げた。途端に心臓が騒ぎ出し、再び胸を締めつけるような痛みが走る。 「……悪い」 「っ、なに、が……?」 聞いてはいけない。きっと自分にとって辛いことを言われる。心ではそう解っていても、それでもやはり聞かずにはいられなかった。自分のせいでシカマルに苦しい思いはさせたくない。震える拳をぎゅっと握りしめた瞬間だった。 「まだ……お前との約束、思い出せねえんだ」 「…………は?」 「いや、だから……」 「話って……その、こと?」 「あ? ああ……まあ、な」 「……」 「……なまえ?」 小首を傾げて顔を覗き込んでくるシカマルを、なまえは放心したように見つめていた。覚悟をもって聞いた分、そのあまりにも想像からかけ離れたシカマルの謝罪に頭がついていかない。ようやく事態が飲み込めた途端、なまえは深い息をひとつ吐いた。気が抜けたと言ったほうが正しいだろうか。張りつめていた心がゆるゆると和らいでいく。 「シカマル……今の、すっごく心臓に悪い……」 「は?」 「だって神妙な顔してたから……絶対、また何か言われるんだって思って……」 「せめて真面目な顔と言え」 「良かった……本当に」 「なまえ……」 心底安堵したように微笑みながらも震えるなまえの拳にシカマルはそっと自分の手を重ねた。思い出してやりたい。あれだけ自分との約束を大切に抱えていたなまえに応えてやりたかった。けれど十三年という長い年月は当時まだ三歳だった自分の記憶を完全に風化させていた。確かに自分の記憶なのに、まるで砂漠の中で一滴の水を捜すような難解な作業だった。行き詰まった挙げ句、最後の頼みの綱、シカクにヒントとしてこの場所を教えてもらったのだが、以前にも来たことがあると感じたくらいで結局は思い出せなかったのだ。 「ホントに、悪い……」 「ううん……もう、いいの」 「っ、けど」 「いいの。私、気付いたんだ……あの頃も今も、シカマルはシカマルだってことに」 「……は?」 自分を助けてくれたあの時、シカマルが言ってくれたのはまさしく約束の言葉だった。どんなに時が経とうとも根底にある優しさはあの頃も今も変わらない。その事実が何よりも嬉しかった。 「暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか」 「あ、ああ……」 「夕飯、食べていく? ……って、わあっ!」 「なまえ!」 石に躓いたのだろうか。かくんと傾いたなまえの体を支えようと、シカマルは思わず腕を伸ばしていた。しかし腕を掴んだのも束の間。支えきることができずシカマルは逆に引っ張られる形で地面を転がっていた。 「ってえ……なまえ、怪我ねえか?」 「……」 「なまえ?」 「み、見ちゃダメ!」 「あ? なに言ってんだ」 「……っ!」 「……わ、悪い!」 至近距離から見たなまえの顔は林檎のように赤く染まっていた。それが今押し倒す形でなまえの上に覆い被さる自分のせいだと気付いた瞬間、シカマルもまた赤く頬を染めて慌てて飛び退いた。まるで百メートルダッシュを連続でやったような激しい鼓動に、シカマルはもうひとつなまえに言おうと思っていたことを思い出させられた。 「あ、あのよ……」 「は、はいいっ!」 「……こないだのアレ……本気だからな」 「こ、ここここないだの……?」 「守るって言ったやつ」 「!」 目を見開いて驚きの表情を浮かべるなまえにシカマルは苦笑を零した。同時に湧き上がってくるのは愛おしいという想い。今さっき、至近距離に顔が熱くなったことなど忘れたかのように、シカマルはなまえの体をその腕に包み込んだ。 「……言っとくけど、もう仲間なんて感情じゃねえからな」 「シ、カ……」 「オレが、守ってやる─今度こそ、約束だ」 「シカマル……!」 溢れ出るのはもはや悲しみの雫ではなかった。お互いの想いが繋がったことに対する喜びの雫。愛しいひとの腕に抱かれながら幸せを噛みしめる。それは長い年月を経て、今ようやく果たされた約束だった── fin. . |