夕陽が景色をオレンジ色に染める頃、シカマルは河原沿いをなまえと並んで歩いていた。時折吹く風は心地よく、なまえの髪をいたずらに乱していく。



「本当に帰んのかよ」

「うん。自来也さまと八重ちゃんも待ってるだろうし」



 今日一日、まるで幼い頃に戻ったようにシカクとヨシノに甘やかされた。タカナのことで抱えていた胸の痛みは消えることはなかったが、それでもふたりの優しさに触れたせいだろうか、いくぶん心が軽くなったように思えた。



「もう近いし……ありがとう、ここでいいよ」

「なまえ」

「ん?」

「……話、あんだ」



 つらそうに眉を寄せたシカマルの表情になまえの心臓がひときわ大きく跳ねた。この表情には見覚えが、ある──自分のことを仲間としてしか見られない、そう告げられた時のあの顔だ。胸が締めつけられるような感覚に堪えかねてなまえは思わず俯いた。



「大事な……話、なの?」

「……ああ」

「……解った」



 震える声はシカマルに悟られなかっただろうか。歩き出したシカマルの背中を見つめながら浅い呼吸を繰り返しても胸の苦しさは治まらない。それでも、もう逃げないと決めたのだ。シカマルからも、自分の想いからも。すう。ひとつ大きく息を吸い込んだなまえの瞳にはもう迷いはなかった。目の前を歩く背中をもう一度見つめたなら、なまえの足は覚悟を決めたように踏み出していた。















 背中を追いかけて着いた場所になまえは戸惑いを隠せず茫然と突っ立っていた。目の前に広がるのは、もはや見間違えることのないほど何度も何度も思い出し、夢見ていた風景。幼い自分とシカマルがあの約束を交わした野原だった。



「なまえ」

「……」

「……なんで、泣いてんだよ」

「……っ、」



 言葉に、ならなかった。なまえにとってこの野原はただ懐かしいだけの場所ではない。この想いのはじまりとも言える、たったひとつのかけがえのない場所。そこにこうして再びシカマルと立っているのだ。



「ふ、うっ……、うっ、……」

「なまえ……」



 もはや自分ではどうすることもできない。雫とともにシカマルへの想いが溢れ出していくようだった。それが口から零れないように下唇を噛みしめること。それだけが今なまえのできる精一杯だった。



「ほら、こっち来い」

「……?」

「あーあー……きったねえ顔して。ほら、座れ」

「……!」



 シカマルに手を引かれ座らされた場所になまえは目を見開いた。忘れない、忘れるはずがない。この石も、この樹も、なにもかもが自分の記憶のままに残っている。鮮明に蘇るあの日の光景。いつの間にか涙は止まっていた。










「なんで、泣いてんだ?」

「シカマルには、絶対ぜったい……わかんないよ」

「? え……」

「っ、シカマルには、シカクさまもヨシノさまもいるじゃない! わた、私だって……お母さんに会いたい、のに……!」

「……!」

「どうしてお母さんだけなの!? どうして私もいっしょに死ななかったの!? どうして! どう、して……っ!」

「なまえ……!」

「私には……お母さんしか、いない、のに……っ!」

「っ、オレが……オレがいるだろ!?」

「……シカ、マル?」

「ひとりがさびしいならオレがいっしょにいてやる! なまえのかあちゃんが安心できるように、オレがなまえを守ってやる! だから、だから……」

「う……うわああん! シカあ……っ!」

「泣き虫だな、なまえは。ほら指だせ。約束だ」

「う、うん……! 約束だよ? ぜったいだよ?」

「おう」
















 照れくさそうに笑ったシカマルの顔を今でもなまえははっきりと思い出せた。幸せで、暖かい、大切な記憶はどれだけ時が経とうときっと忘れられない。ひとがひとを想う。その当たり前すぎて忘れがちなことをシカマルは教えてくれたのだから──



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