「こ、こんにちは……」



 玄関から聞こえてきた声に、居間でお茶を啜っていたシカクとヨシノは思わず顔を見合わせた。久しぶりに聞くその声。姿を確認するまでもない。ずっと待ち望んでいたなまえが帰ってきたのだ。



「なまえ、ちゃん……!」

「なまえ……!」



 忍らしからぬ足音を立てながら玄関へと急げば、そこには愛しい娘が申し訳なさげに立っていた。
 タカナの拉致未遂事件の後、なまえは相変わらず過保護な自来也とパックンに言い含められ、検査という名目で入院させられていた。自分の体が心配だという理由ももちろんあっただろうが、実際はタカナの事件の後処理を自分が入院している間に済ませるためだということをなまえは薄々理解していた。自分のことを気遣ってくれている。それが伝わったからこそ、検査にしては長い期間をなまえは何も言わずに受け入れたのだ。そして今日、なまえは退院した。これが意味するもの──それはタカナの処遇が決まったからに他ならない。どうしようもない胸の苦しさに堪えかねて、なまえは二度と訪れないと決めた場所、奈良家へと足を向けていた。シカクやヨシノの優しさに縋るのは気がひけたが、それでも今はふたりの優しさに触れていたかった。



「突然、ごめんなさい……シカクさまとヨシノさまの顔が、見たくなって……」



 俯いたまま小さな声で話すなまえに、シカクもヨシノも何も言えずただその姿を見つめる。頼られている。そう思うと今すぐその体を抱きしめてやりたい衝動に駆られた。



「ヨシノ」

「はいはい、もうひとつお茶ね」

「シカクさま……」

「……ゆっくりしてけ。なんなら泊まってってもいいぞ」

「……っ、はい」



 安堵したように微笑んだなまえにシカクもまた目を細めた。遠慮がちに玄関に上がったその背中に手を添えて、居間へと続く廊下を歩きながら、シカクはようやく戻りつつある平穏がこの先いつまでも続いて欲しい、そう願わずにはいられなかった──















 帰宅して居間に顔を出したシカマルは思わず目を見開いた。父親と母親のいる普段通りの光景。そこに自然なほど溶け込んだもうひとつの人影。



「なまえ……?」

「しー……静かに、ね」



 シカクの膝に頭を預け、幼子のように眠るなまえの髪を優しく梳きながら人差し指を口元に当ててヨシノが微笑む。穏やかな時間の流れる空間はシカマルにどこか懐かしささえ感じさせた。



「こうしてると懐かしいわね……。あの頃もこうやって、よくお父さんに膝枕してもらって……」

「そうだな……」

「シカマルったら、いつもそれ見てヤキモチ妬いちゃって……ふふ、大変だったわね」

「なっ……!」



 覚えていないとはいえシカマルも男だ。そんな独占欲まるだしだった幼い頃の自分の話を聞いて恥ずかしくない訳がない。なんなら忘れて欲しいくらいだ。そんなシカマルの思いも虚しく、ふたりの思い出話は止まる気配はなく、穴があったら入りたい、まさにそんな心境だった。



「ん……」



 シカクとヨシノの笑い声に意識が浮上したのか、なまえがもぞもぞと身を捩った。それでもまだ眠いのか、瞼は閉じたまま温もりを求めてシカクの膝に顔をこすりつけている。まるで猫のようななまえのその仕草にシカクもヨシノも目を細めた。



「このまま……ずっとここにいればいいのに」

「そいつは無理だな。自来也さまもあれで結構な親バカだ」

「あら、人のことは言えないでしょ」

「違いねえ……それにしても、親がたくさんで大変だなあ? シカマル」

「は?」



 至極楽しそうな表情を浮かべたシカクをシカマルは怪訝な顔で見つめた。なぜ自分が大変なのかさっぱり解らない。



「そうね、デートとか尾行されるかも」

「は……はあ?!」

「結婚なんて話になった日には、それこそ総出で相手を迎えたりとか」

「……」



 その光景を想像してシカマルは思わず冷や汗が出た。それはつまり自来也と、父親を含めた猪鹿蝶トリオ、他もろもろと向き合うという、ある意味S級任務よりも過酷な状況に身を投じなければならないということだ。



「ま、頑張れや」

「そうよ。お母さんたちはシカマルの味方だからね」

「……うっせえよ」



 大きな溜め息を吐いてシカマルはくるりと踵を返した。これ以上ここにいると両親の格好の餌食となるのは間違いない。とりあえず今日は任務も待機もないし天気も良い。なまえが目を覚ましたら散歩にでも誘ってみようか──未だシカクの膝で安らかに眠るなまえを横目で見ながら、シカマルは欠伸をひとつ噛み殺したのだった。



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