大きな樹の根元、自分の膝を抱えるようにしてうずくまる男を視界に捉え、なまえはそっと近付いた。激しく鳴る心臓は今にも破裂しそうなほどに胸を締めつける。哀れなほど憔悴しきった男からは、時折苦しげな唸り声が零れてくる。



「タカナさん……」



 ぽつり。その名を呟いた瞬間、タカナの肩が勢いよく跳ね上がった。ゆっくりと上げられた顔にはもはや獣じみた光などどこにもなく、後悔だけがその表情に滲んでいるのが見てとれた。



「なまえ……?」

「……はい」

「生きて……! 生きて、た……」

「……はい」

「よかっ……よかっ、た……」

「タカナさん……」



 むせび泣くタカナの姿になまえは拳を固く握りしめた。自分をこれほど想ってくれる存在を、その手を、自ら振り解かなければならない。自分を必要としてくれる存在をずっと求めていたなまえにとって、それはまさに苦渋の決断だった。



「私……解ったんです。さっき話した子のこと……どうして嫌いになれなかったのか」

「っ、なまえ……」

「……私のこと、忘れていても……その子はその子だった。あの頃と根底はなにも変わらない、あの子のままだった」

「……」

「あの子に再会したから、私はそれに気付けた。あの子がいたから……私は私らしさを取り戻せた……そう考えたら、やっぱり嫌いになれるはずがなかったんです」

「……」

「私のこと……馬鹿な女だって思うでしょう?」

「……いや」



 完敗だとタカナは思った。自分がなまえを想う気持ちは他の誰にも負けない自信があった。けれど目の前で寂しげに、それでいてどこか満足げに微笑むなまえのそれは自分のものよりももっと強くて、もっと深い。自分の幼稚な想いなど最初から敵うはずがなかったのだ。



「羨ましいよ……すごく」

「タカナさん……」



 憑き物が落ちたような穏やかな表情で笑うタカナをなまえは目を細めて見つめる。それは、出会ってから初めて見るタカナの素顔のような気がした──














 木陰から様子を窺っていたパックンは安堵の息を吐いた。なまえの過去も、抱えてきた想いもようやく今良い方向へと終わりを迎えようとしている。



「パックン」

「……カカシか」



 音もなく背後に立った自分の主にパックンは振り返ることができなかった。思えばこの主に無理やり押し付けられた任務だった。面倒なことを、そう思っていたはずなのに文句を言う気にはなれなかった。



「……寂しい?」

「フン……馬鹿なことを」

「素直じゃないね」

「……お互いさまだ」



 小さく鼻を鳴らしたパックンに、痛いところを突かれたとカカシは苦笑を零し、視線をなまえの背中に移した。頼りなく自来也の名を呼んでいたあの日のなまえはもうそこにはいない。いるのは自分の想いに誇りを持ち、ただひたすらに前を向く強い女性だった。それが嬉しいと思う反面、寂しいと感じる自分もまた、なまえに感化されたひとりなのだろう。



「さて、もうひと仕事しなきゃね」

「ああ」

「パックンはシカマルを呼んできてよ。多分……なまえちゃん泣くだろうしさ」

「ああ……そうだな」



 容易に想像できるなまえの泣き顔に、胸が押し潰されそうな気がしてパックンは空を見上げた。少しずつ白み始めている空に夜明けが近いことを知る。その光に目を細め、想像を振り払うように大きく首を振ったなら、パックンは一歩踏み出したのだった──



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