重力に逆らうことなく、体はまっすぐに滝壺へと落ちていく。それでもなまえの顔は穏やかに微笑んでいた。心から愛せるひとに出会えた。たとえ想いは届かなくとも、それだけで自分の人生は幸せだったと思えばそれは必然的な笑みだった。

 やがて来る衝撃に目を瞑り、ただその時を静かに待つ。空に浮かぶ月をぼんやり見つめ、意識を失う寸前にぽつりとその名を呟いた瞬間だった。



「なまえ!」



 体に何かが巻き付く感触。一瞬の衝撃の後に落下していたはずの体が止まった。不思議な浮遊感に頭がぼんやりする。その正体を確かめようと重い瞼をゆっくりと持ち上げたなら、なまえはぼやける視界の中に愛しいひとの姿を捉えていた。



「シカ、マ、ル……?」



 会いたくて会いたくて堪らなかった姿が目の前にある。たとえ幻覚だとしても、最後のこの時にシカマルに会えた。その喜びに心が震えていた。このまま死んでも悔いはない。そう思いながら再び目を閉じた瞬間、信じられない言葉が聞こえてきた。



「生きろ……! オレが、お前を守ってやるから!」

「!」



 守ってやる──その言葉になまえの目が見開かれた。それはずっとずっと大切に胸に抱えてきたあの日の約束の言葉。母を失い、自らも傷を負ったなまえが生きる支えとしてきた言葉だったのだ。涙腺が緩み、いくつもの雫が頬を伝っていく。



「待って、ろ……っ! 今、引き上げ、る……!」



 シカマルの苦しそうな声になまえは顔を上げた。自分に巻き付いている黒いものは一直線に崖上へと続いている。先を辿れば苦しげに顔を歪ませたシカマルが印を組んでいた。それは、シカマルの影だった。ほの明るいだけの月明かりは、術を使うには心許ない。それでもなまえを助けるためにはこれしかなかった。全チャクラを集中させ、慎重に影を操っていく。

 影が体を締めつける感触に、なまえはまるでシカマルに抱きしめられているようだと思った。影から伝わってくるシカマルの想い。自分を助けるための必死の想いに、とめどなく雫が溢れる。



「もう……少し、だ……!」



 術にかける集中力もチャクラも限界が近付いている。冷や汗が背中を伝い視界に入るなまえの姿もぶれ始め、シカマルはぐっと奥歯を噛みしめる。他の誰でもない、自分がなまえを助けてやる。強い意志のもと、シカマルはもはや精神力のみで影を操り続けていた──



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