とぼとぼ。甘栗甘を出たなまえは奈良家に帰る気にもなれず、ひとり河原を歩いていた。



「言いだしたのはシカマルのくせに……」



 ぺたり。座り込んだなまえは、そのまま川の流れをじっと見つめる。
 戻ってこなければ良かったのかも──思い出は思い出のまま胸にしまっておけば。
 ただ、欲が出てしまった。シカマルもきっと覚えていると勝手に思い込んで突っ走ってしまった。



「戻ってきたけど……やっぱり迷惑だったよね……」



 ぽつり。吐き出してなまえが俯いた瞬間。



「ウォンッ!」

「え……? きゃああっ!?」



 大きな影が目の前に現れたかと思うと、なまえに向かって飛びかかってきた。
 なまえとさほど変わらない大きさの影は荒い息を吐きながら顔近くまで迫っていて。
 成す術のないなまえが目をきつく瞑った瞬間。
 べろん。生暖かい感触がなまえの頬を撫でた。



「え……っ? あ、なに……っ?」



 おそるおそる目を開いたなら、なまえはその感触の正体にホッと息を吐いた。
 それは大きな白い犬。生暖かい感触はその犬の舌で、まだなまえの頬を舐め続けている。



「ん……っ、くすぐったいよ? ワンちゃん」

「ウォンッ!」

「お返事するんだ、賢いね? お名前は?」

「赤丸」

「ふうん、赤丸かあ……って! えええっ! しゃっ、喋れるのっ!?」



 がばり。驚いて飛び起きたなまえは目の前の犬をまじまじと見つめた。
 けれど嬉しそうに尻尾を振るだけで、それ以上犬が喋る気配はない。



「あ、あははー……そんな訳な、」

「ちゃんと覚えたか?」

「っ、ええっ!? しゃ、喋った!?」

「ククッ……んな訳ねえだろ?」

「……んん?」



 よく見ると赤丸の大きな体の後ろに人影が見えて。
 可笑しくて堪らないといった顔で現れたのは、シカマルと同年代くらいの少年だった。



「ははっ……そんな馬鹿正直に信じるヤツ、はじめて見たぜ」

「……悪かったわね」



 ぷう。正直に信じて腰まで抜かしかけたなまえは悔しくて頬を膨らます。
 けれどそのうち、あまりにも現実離れした話を鵜呑みにした自分が可笑しくて。
 少年と目が合ったなら、尚更可笑しさが込み上げてきて。



「ぷ……っ、あはははっ! 馬鹿だよねー私? ちょっと考えれば気付くよね普通?」

「ガハハッ! 面白えなお前!」



 少年もなまえも腹を抱えながら、涙が出るほど大笑いしていた。



「あは、は……はー……笑ったらなんかスッキリした」

「スッキリって……お前なんかあったのか?」



 ずきん。なまえの脳裏に浮かんだのはさっきの甘栗甘でのシカマルの怒った顔。
 胸が苦しくなり、何も返せないなまえが俯いて黙り込んだなら、傍らに座っていた赤丸がそっとなまえの頬を舐める。



「赤丸……」

「……なにがあったか知らねえけど、あんま落ち込むな? 赤丸も心配だってよ」

「うん……ありがと」



 すく。立ち上がったなまえは服に付いた土を払うと少年に向かって笑顔を向けた。



「帰るね? 今日は楽しかった」

「おう、オレこの時間はたいがいここにいるからよ? また来いよ」



 向日葵のような明るい笑顔をなまえに向けて少年が笑う。



「う……うん!」



 何度も振り返り手を振るなまえの姿が見えなくなるまで見送ると。



「帰んぞ、赤丸」

「ウォンッ!」



 少年は赤丸とともに楽しそうに駆けていった。


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