暗い森の中。月明かりだけを頼りにひとつの影が駆けていた。木の枝にでも引っかけたのだろうか、その頬には幾筋もの傷が走り、うっすらと血さえ滲んでいる。それを拭うことなくただひたすらに前を見る眼差しは真剣そのものだった。



「シカマル」

「ナルトか……どうだった?」



 頭上からの声にシカマルは駆ける足を止めることなく尋ねる。流れる沈黙はそのまま否定の意を示していた。眉根を寄せて小さくそうか、と呟き再び視線を前方へと走らせた。そんなシカマルの背中にナルトはかける言葉が見つからず、沈黙のままに後を追う。思い付くところをすべて探しても、それでもなまえの姿は一向に見つけられない。時間が経てば経つほど不安は大きく胸中に広がり、シカマルは唇を噛みしめる。どこにいるのか。誰かと一緒なのか。なまえがどんな状況に置かれているのかまったく解らない今の状況がひどく歯痒い。



「くそ……っ」



 ぎりりと奥歯を噛みしめ、シカマルは暗く広がる闇を見つめた。どこまでも続く闇はなまえとの距離をそのまま表しているかのようだった。










「必ず、探し出してやれ──」



 ひとりで探すことに限界を感じ自来也の元へ向かった数時間前。自来也の要請を受けた忍たちとともに再び捜索へ行こうとしたシカマルにそう声をかけたのは父のシカクだった。その表情は険しく、けれどどこか懇願するように光る瞳にはなまえに対する心配が色濃く表れている。一緒に行かないのかと問うシカマルに、シカクは苦笑を浮かべて力なく首を振った。



「オレはお前を信じてる」

「親父……」

「早く行け。なまえはきっと──お前を、待ってる」



 本当なら自分も探しに行きたいであろう父親はそれでも敢えて自分に託してくれた。その想いを無駄にすることはできない。月がもう、高い。朝日が出るまでには見つけなければ二度となまえに会うことが叶わない気がしてシカマルは空を睨んだ。どうか沈まないで欲しい。自分がなまえを見つけるまでは。そんなシカマルの願いなど知る由もなく、空に浮かぶ月はただ静かに夜の静寂を照らしていた──










「若造!」

「……アンタか」



 ナルトと別れ再び駆け出したシカマルの耳に届いた声。ちらり。流し見た先には並走する小さな影があった。それは自来也の元にいた忍犬、パックンだった。あの時、誰の口寄せ動物かなど気にしていられなかったシカマルはパックンにも協力を要請した。犬の嗅覚なら、闇雲に探すよりも効率が上がると考えてのことだったが、どうやらそれは正しかったらしい。



「何か、解ったのか?」

「……事態は思ったより深刻なようじゃ」

「! 見つけたのか!?」

「いや。正確には匂いを捉えただけだ。ただ──」



 言いかけてパックンは足を止め、真剣な瞳でシカマルを見つめた。ただ事ではないそのパックンの瞳にシカマルも足が止まる。まるで時が止まったような静寂の中、一言一句聞き漏らすまいと意識を集中させたシカマルはひとつ頷いてパックンに続きを促した。



「……なまえの匂いに混じって、微かだが……他の人間の匂いが、した」

「っ!」



 一番危惧していた事態にシカマルの表情は一瞬にして険しいものになった。やはりなまえは自ら姿を消したのではなかった。嫌な予感が、背中をぞわりと這う。



「どこだ……? なまえは、どこだ!」

「ついてこい」



 音もなく駆け出した小さな背中を一も二もなく追いかけた。未だ背中を這う嫌な予感に心がひどく焦っている。知らず握った拳を更に強く握りしめたなら、ふたつの影は吸い込まれるように闇へと溶けていった──



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