体の震えは恐怖によっていよいよ止まらず、がくがくと震える足がかろうじてなまえの体を支えていた。悪い夢だと思いたかった。あの屈託のない笑顔で嘘だと言って欲しかった。そんななまえの希望を打ち崩すかのように、狂気はますますタカナの表情を歪なものへと変化させていく。



「あの店でなまえちゃんを見た時、やっとオレの元に帰って来たって思った……この十三年、オレはずっと君を待ってた」

「!」



 なまえがシカマルを想い続けてきた年数。長い長いその期間にタカナもまた自分を想い続けていたというのか。しかしそれでもなお、タカナと自分との接点がなまえには思い当たらない。どんなに思い出そうとしても、浮かぶのはシカマルとの思い出。しかしそれと同時に蘇ってきたのはあの日、あの夜の記憶だった──









 いつもと変わらない日常のはずだった。夕食を終え、早々に布団に潜り込んでいたなまえは居間から聞こえてくる声に目を覚ました。こんな時間にお客さんかとぼんやりする頭でそう考える。しかし母の声がいつもと違っていることになまえは妙な胸騒ぎを覚えた。怯えたように震える母の声。それを遮るように響く怒声がますます心をざわつかせる。やがて聞こえなくなった声に不安を覚え、堪らずなまえは立ち上がっていた。



「おかあ、さん……?」



 声は、聞こえなかった。耳に届くのは無機質に時を刻む時計の針の音と自分の呼吸音だけ。どれだけ待っても扉の向こうからはあの優しい声が聞こえることもなければ、姿すらも現れることはなかった。不安に堪えきれなくなり、おそるおそる扉を開く。いつもの声でなんでもないと言って欲しかった。母の顔を見ることで与えられるであろう安堵に早く浸りたかった。けれど──



「っ、」



 思い浮かんだ情景になまえは強く目を瞑った。心臓が鷲掴みされたように締め付けられる感覚。激しく脈打つ鼓動に更に息が荒くなる。壁に、絨毯に、おびただしい量の赤が散る居間。その中心にぴくりとも動かず横たわる母の姿と、手に光るものを握り母を見下ろす後ろ姿。ぴくり。その影が動いたと思えば頭上に光る銀色。自分へと振り下ろされたそれになす術もないまま、無意識のうちになまえの小さな手は動かない母へと縋るように伸ばされていた──



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