苛々する心を持て余しながらタカナはなまえが仕事を終わらせて店から出てくるのを待っていた。何度も店の裏口に視線を遣っては溜め息を吐く。それの繰り返しだった。
 好きな人など、いない。数週間前、そう答えたなまえの手はそれが嘘だとはっきり解るほどに震えていた。その時のなまえの表情はまさに絶望と呼ぶに相応しいもので、締め付けられるような罪悪感とともに、例えようのない黒い感情がタカナの胸に湧き上がった。なまえの心を占める誰か。それが自分ではないことを否が応にも突きつけられた。けれど、それが必ずしもなまえの幸せとは一致しない。辛そうななまえの表情を思い出す度に、タカナはいよいよその決意を固めていった。










「お疲れさまでしたー」



 耳に届いた声にタカナはハッと顔を上げた。ようやく待ち望んだなまえの姿に慌てて立ち上がり駆け寄っていく。



「なまえちゃん!」

「タカナ、さん……」



 なまえの目が驚きに見開かれるのを見てタカナは思わず苦笑を零す。あの日から今日までなまえに決定的な言葉を突きつけられるのを恐れて店にすら顔を出せなかったのだから仕方がない。なまえはなまえであの日の自分の態度がきっとタカナを不快にさせたのだろうと思っていたために、こうして声をかけられたことに驚いていた。



「話……あるんだ。ちょっといい?」

「……はい」

「じゃ、行こうか」

「! あ、あの、タカナさん?」



 思わず身を竦ませたのは不意に掌に感じた温もりと力強い感触のせいだった。タカナの手はなまえの手をがっしりと掴み、強引に引っ張っていく。痛いほど握られた手は、なまえが逃げることを許さないと告げていた。



「いた、痛いです」

「……」

「タカナ、さん……?」



 なまえの訴えなどまるで耳に入っていないのか、タカナは無言のままに足を進める。そんなタカナの様子になまえの心にはじわじわと不安が募っていく。手を振りほどこうと試みるも男女の力の差は歴然で、なまえはなす術もないままタカナに引っ張られていくしかなかったのだった──










「シカマル、これからなまえの迎えかあ?」

「ああ」

「たまにはオレが行くってばよ!」

「お前は修行でもしてろ」

「いんや行く!」

「おいおいナルトー? 邪魔しちゃ悪いだろ?」



 冷やかすキバの言葉にシカマルは内心舌打ちした。あの日から仕事帰りのなまえの迎えにシカマルも付いていくことにした。驚きながらも嬉しそうななまえの笑顔にシカマルもまた自然と笑みが零れた。それが何度か続いた頃、気を利かせたのだろう。ナルトがなまえの迎えに姿を現さなくなった。余計なことを。そう毒づきながらも内心その気遣いに感謝する自分がいた。実際ふたりで歩く帰り道は思っていた以上に心地良く、シカマルはいつしかこの時間が来るのが楽しみにすらなっていた。



「ちえっ、しょうがねえか」

「なまえによろしくなー」

「おう」



 背中にかかる声に後ろ手で応えてシカマルは歩き出した。なんだかんだ言いつつ、結局こうして送り出してくれる仲間たちにシカマルは苦笑を零す。今日もなまえはあの嬉しそうな笑顔を向けてくれるだろうか。そんなことを考えながら歩く道のりはシカマルにとって幸福以外のなにものでもなかった──










「なまえー?」



 待ち合わせ場所に着いたシカマルは首を捻った。いつもならぼんやりと空を見上げて待っているはずのなまえの姿がない。昨日の帰りに今日も迎えに来ることは伝えてあったから、先に帰ったということもないはずだ。まさかまだ仕事が終わらないのかと店を確認するも、そこにもなまえの姿はない。



「なまえ……」



 言い知れぬ不安が急激にシカマルを襲う。それを振り切るかのように頭をひとつ振り、シカマルはあてもないままに駆け出していた──



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