幸福で穏やかな時間はあっという間に過ぎていく。濃いオレンジを纏い始めた夕陽は辺りを照らし、その眩しさに目を覚ましたなまえは昼間の騒がしさから一変して落ち着いた空気が流れているその光景をぼんやりと視界に映す。



「起きたか」

「わあっ!」



 突然かけられた声に驚いて振り返れば、空を見上げているシカマルの姿。しかし辺りには他の面子の気配は感じられずなまえはおそるおそる口を開く。



「み、みんなは……」

「帰ったみてえだな」

「みたいだなって……見てないの?」

「オレも寝てたからな」



 くああ。大きな欠伸をしながら面倒くさそうに答えるシカマルもなまえと同じように起きたばかりのようだった。その眠そうな顔に幼い頃のシカマルが重なり、そういえばあの頃からシカマルは眠るのが好きな子供だったと思い出す。ひなたぼっこしながら空を眺めているうちに、ふたりして寝てしまうこともしばしばあったほどだ。それでも自分が遊びたいと言えば、今と同じような顔をしながらも必ず付き合ってくれたものだ。その懐かしい情景になまえの頬は知らず緩む。



「オレらも帰るか」

「うん……でも、もうちょっとだけ、いようかな」

「あ?」

「夕陽が、きれいだし……」



 言いながらなまえは夕陽が沈む方角へと向き直った。色付いた空が、幸せだった一日の終わりを知らせているように思えて胸には切なさと寂しさ、ふたつの感情が複雑に絡み合っていた。シカマルと共に過ごした今日という日があまりにも幸せだった分、今この瞬間に湧き起こる感情が余計に辛く感じられた。



「……しゃあねえ。後少しだけな」

「え?」



 溜め息とともに零れたのは、予想もつかなかった言葉だった。思わず振り返った先、草の上に寝転がって寛いでいるシカマルになまえは目を見開く。



「先に帰ってて……いいよ?」

「気にすんな」

「ヨシノさまに怒られるよ?」

「オレはガキか」

「でも、」

「アホかお前は。帰りもまた荷物あるだろが」

「!」



 シカマルの言葉になまえの頬は火が点いたように一気に熱くなった。この口ぶりからして、帰りも荷物を持ってくれるということだろう。幸せな時間の終わりを寂しく思っていたなまえにとって、思ってもみなかったシカマルの言葉に心臓が高鳴る。今日という日があまりにも幸せ過ぎて、自分は夢でも見ているのではと疑ってしまう。それでも、この幸せな時間はまだ終わらない。たとえ自分のことを仲間としか見ていないと解っていても、こうしてシカマルの傍にいられることは素直に嬉しかった。



「うん、じゃあ……優しいシカマルくんに甘えようかな?」

「なんだそりゃ」

「はい、これとこれとこれね」

「……全部じゃねえか」

「あは、バレた?」

「ま、いいけどよ」



 そういってシカマルは本当に全ての荷物を持ち始める。その行動に慌てたなまえは思わず腕を伸ばしていた。



「嘘だってば! ちゃんと私も持つし!」

「あ? こんくらい平気だっての」

「ダメ! 行く時だってほとんど持ってもらったのに、」

「オレら、なんも手伝ってねえしな。こんくらいさせとけ」

「……!」

「なまえ……?」



 言葉が出なかった。自分に向けられたその表情は里に来てから初めて見るシカマルの屈託のない笑顔。激しく躍る鼓動を鎮めようと目を逸らすも、心配そうに顔を覗き込んでくるシカマルによって更に心拍数は上昇していく。



「かっ、帰ろっか!」

「もういいのか?」

「いっ、いい! 帰ろ!」

「? おう」



 心臓に悪い──ごまかすように立ち上がったなまえの胸中ではそんな叫びがこだましている。そんな心の叫びを知ってか知らずか隣に並び歩き始めたシカマルに、なまえはもはや林檎よろしく真っ赤になって俯くしかなかったのだった──



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