「ねえ……お父さんたち、随分と可愛がってない?」

「うん、ボクもそう思う。どういう関係なんだろね?」



 ひそひそ。いのとチョウジも自分たちの父親の態度に疑問を抱いたのか、興味津々で聞き耳を立てる。



「昨日は失敗したけど、今度は絶対にシカマルのお宝見てやるんだもん!」



 ぶーっ! 突然聞こえてきたなまえの声に、シカマルは飲んでいたお茶を目の前のいのとチョウジの顔面に思いっ切り吹き出してしまった。



「きったなーいっ! 何やってんのよシカマル!」



 思わず立ち上がって叫んだいのの声は店中に響いて。
 しまった。慌てて振り返ってみるも、時すでに遅し──店中の視線がシカマル達の席に注がれていてシカマルは慌てて目を逸らす。



「なんだ、お前らも来てたのか」

「やっほーシカマル、と……」



 じ。まじまじといのとチョウジを見つめたなまえは納得したように頷くと。



「いのちゃんと、チョウジくん……かな?」



 確認するようにいのいちとチョウザへ振り返ると正解、と言わんばかりにふたりが頷く。



「わあ、やっぱり! チョウジくんは優しそうだし、いのちゃんは美人さんだから絶対そうだと思ったんだ〜」



 きゃ。嬉しそうにひとりで盛り上がったなまえはいのとチョウジの前に立って徐に手を差し出すと。



「なまえです! シカマルのお嫁さんになるために木の葉に戻ってきました! よろしくね?」

「あ、うん! 山中いのです。よろしく」

「ボクは秋道チョウジ。よろしくね? えむちゃん」



 ぶんぶんと腕がちぎれんばかりにふたりと握手するのを満足げに眺めていた父親達は腰を上げて。

「なまえ、オレたちゃこれから飲みに行くからよ? 帰るんならシカマルに送ってもらえや?」

「はあっ!? なんでオレが……っ」



 ぎっ。振り返って睨んだ先ではシカクがなまえに片目を瞑ってなにやら合図を送っていた。
 それに応えるように小さくガッツポーズを取るなまえに、シカマルは本気で殴りたい衝動に駆られた。



「シカマル、帰ろ?」



 するり。自分の腕に巻き付いたなまえの腕。
 それがますますシカマルの心を苛つかせて、気付けばその腕を力ずくで振り解いていた。



「……シカマル?」

「……けんな」

「え?」

「ふざけんな! なにが嫁だ! オレはお前みてえな女がいちばん嫌いなんだよ!」



 がん! 力任せに拳をテーブルに叩きつけて怒りを露わにするシカマルに、なまえは目を見開く。



「シカマル……そんな言い方、」

「そうだよ、なまえちゃんが可哀想だよ」

「お前らは黙ってろ! これはコイツとオレの問題だ!」



 静まり返った店内では、客の誰もがこの先の展開を固唾を飲んで見守っている。



「……くせに」



 ぽつり。静寂を破ってなまえの震える声が小さく響いて。
 自分の上着の裾をぐっと掴み、俯くなまえの足元には滴がポツポツと広がっていく。



「……んだよ、今度は泣き落としか?」

「っ、私は……っ! 私はシカマルとの約束を忘れたことなんてなかった!」



 きっ。顔を上げたなまえの目には、悲しみと怒りの色がないまぜに映っていて。
 その泣き顔は忘れていたシカマルの遠い記憶を揺さぶる。
 どこかで確かに見たことがある──あれは、誰だった?
 懸命に記憶の糸を手繰り寄せてみるも、頭に血が昇った状態のシカマルは何も思い出せない。



「でも……思い出せないんだよね?」

「……」

「なまえちゃん……あの、」



 見かねたチョウジがふたりの間に入ってみるも、なまえは悲しげに笑って。



「チョウジくん、ごめんね? もう帰るよ……チョウザさまに今度お邪魔しますって言っといてくれるかな?」

「う、うん……」

「いのちゃんもごめんね……? じゃ……」



 ふらり。覚束ない足取りでシカマルの横を通り過ぎたなまえは、シカマルの方を振り返ることなく静かに暖簾を潜って出て行った。
 事の成り行きを見守っていた店内はなまえの姿が消えたことでようやくいつもの空気に戻る。



「どうすんのよシカマル! なまえちゃん泣いてたじゃない!」

「……知るかよ、あんな女」

「……約束って、なんだろね?」

「……っ、」



 思い出せない。先ほど感覚的に浮かんだ情景は自分がまだ無邪気で幼かった頃の本当に遠い昔の記憶で。
 あの頃になまえと何かを約束していたとしても、子供のことだ。すぐに忘れていてもおかしくない。



「なまえちゃん、シカマルのお嫁さんになるために木の葉に戻ってきたって……前はどこにいたんだろうね?」

「そうね……シカマルが忘れるくらい里を離れてたんだもの。きっとすごく遠いところにいたんじゃないかしら?」

「オレ……帰るわ」



 かたん。立ち上がったシカマルはテーブルにお金を置いて歩き出した。



「ちゃんと謝んなさいよー?」



 いのの声を背中に受けながら、シカマルはさっきのなまえの泣き顔を思い出して。



「覚えてねえもんは……仕方ねえじゃねえかよ……」



 自分のせいじゃない、そう言い聞かせるように呟いたなら、シカマルは溜め息を吐いて歩き出した──



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