「殺そうと……した?」



 パックンの言葉はシカマルにとってあまりにも衝撃的だった。殺伐とした世界に身を置いている忍の自分ならともかく、なまえはただの一般人だ。なのに何故。ぐるぐると脳内を回り続けるその言葉は、およそなまえとは縁のないものだと思っていたのだ。



「……なにも、知らんのか」

「……っ、どういうことだ? なんでなまえが……」

「ワシも詳しいことは知らん。ただ……あの娘はこれまでお主の想像もつかん人生を歩んできた。それは事実だ」

「なまえが……」



 知らなかった。いや、これまで自分はなまえのことを知ろうともしてこなかった。寄せられる好意を疎ましく思い、その根底にあるものに気付くことなく、それがどれだけなまえの心を傷つけているかも知らずにただ突き放してきた。



「……んで、」

「……?」

「なんで、言わねえんだよ……」

「……」



 額に手をあてぽつりと呟かれた声にパックンは顔を上げた。隙間から窺えるその表情には苦渋の色が滲んでいる。



「……なら聞くが、お主がなまえの立場ならそんなこと話せるのか?」

「……っ!」

「だからお主は若造だというんだ。幼い頃に植えつけられた感情、それがどんな類のものであれ、どれだけ時間が経とうと消えることはない」

「……」



 忘れたくとも忘れることのできない恐怖。普段のなまえを見る限り、そんな感情など微塵も感じさせない。けれどその裏で今もなまえはその感情と闘っているのだ。加えて自分が感情をぶつけたあの日の夜。悲痛な叫びを上げ続けたなまえの様子にようやくシカマルは合点がいった。



「じゃ……なんでわざわざ戻ってくんだよ……ここじゃなくたって、」

「馬鹿者!」

「っ!」

「なまえがなぜお主にこだわるのか解らんのか? 母も父もおらん、周りに心許せる者もおらんなまえにとって、お主との約束が唯一の拠りどころだったからじゃろうが!」



 約束──未だ思い出せないそれを突き付けられてシカマルは目を見開いてパックンを見つめた。記憶にも残らない、きっと他愛のないものだったろう幼い頃の約束が、まさかなまえにとってそれほど大切なものだったとは予想もしていなかった。その認識の違いに、シカマルは否が応にも自分となまえの過ごしてきた環境がまったく別のものだと実感させられる。いつか甘栗甘でなまえが見せた表情が脳裏に浮かび、シカマルの胸には針で突かれたような痛みが走った。



「若造。何をしにきたのかは知らんが、もしまたなまえを傷つけるようなことがあったら……」

「……しねえよ」

「ん?」

「アンタに、誓うよ。オレは二度と、アイツを傷つけたりしねえ」

「ほう」

「けどそれだけじゃ足りねえ。オレは必ず……アイツとの約束を思い出す」

「若造……」

「約束、だからな」



 なまえが大切に抱えてきた約束。それを思い出せた時、初めてこの胸に生まれた想いをなまえに伝えることが許される気がした。それまで自分はなまえがなまえらしく過ごせるよう守ってやればいい。



「今の言葉に嘘はないな?」

「ああ」

「……ならば良い。八重にはワシから言っておこう」

「ああ、頼むわ」



 穏やかに微笑んだシカマルの顔にパックンは内心安堵の息を零す。なまえの過去に触れたことを後悔する結果にならなかった、それだけではない。目の前の若者はもうなまえを傷つけないと誓った。それはなまえを心底気にかけていた己の心を軽くするには充分すぎる言葉だった。背を向けて去っていくシカマルを見つめ、これからの二人に思いを馳せるパックンの瞳は、いつになく優しい光を宿していた──



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