なまえが去った後、その場で佇むタカナの後ろ姿を目にシカマルは先ほどのなまえの言葉を思い出していた。



「好きな人なんて、いません──」



 そう告げたなまえの声は苦しげで、まるで自分に言い聞かせるかのようだった。なまえにそう言わせているのは自分の発言によるものだと、自分自身が望んだものだと理解していても、シカマルはその言葉に少なからず衝撃を受けた。それと同時に先ほどから胸に渦巻く正体不明の感情がどういう類のものかようやく理解に及んだのだ。

 後悔してもしきれないほどの感情。それを振り払うように頭を振ったなら、シカマルは駆け出していた──










 はあ。溜め息がひとつ零れた。先ほどのタカナの問いに、思わず溢れかかった想いがなまえの心に重くのしかかる。シカマルにとって迷惑でしかないと理解していながらも、どうしても吹っ切ることができないでいる自分を心の中で嘲笑した。



「お姉ちゃん!」



 学校帰りだろうか。八重が手を振りながら駆けてくる。傍らには八重の送迎の任を自来也から押し付けられたパックンが面倒くさそうな顔をしながらついてきていた。



「八重ちゃん、今帰り?」

「うん! お姉ちゃんはどこ行くの?」

「あ、うん……」



 目を輝かせて楽しそうに笑いかけてくる八重に曖昧に微笑みながらなまえは必死で言い訳のための理由を探す。明日は休みの予定だから今日のうちに色々片付けておかなければ。買い物に掃除にと頭の中でやることを思い浮かべていたなまえは何かに気付いたのかはた、と動きを止めた。



「? お姉ちゃん?」

「忘れてた……」

「え?」

「八重ちゃん! 私これから買い物行くから先帰ってて! パックン、八重ちゃん頼むね!」

「え、あ、お姉ちゃん!?」



 腕を伸ばしてみるも既に駆け出していたなまえには届かず、八重は茫然となまえの背中を見送る。買い物なら自分も付き合ったのに。小さく呟いた八重にパックンが呆れた顔で溜め息を零した。



「お主には宿題が山ほどあるだろう?」

「うえー……嫌なこと思い出させないでよ」

「帰るぞ」

「……はあい」



 渋々パックンの後について歩き始めた八重だったが、ふと振り返りなまえの走り去った道を眺めた。声をかけた時のいつもと違う憂えた雰囲気のなまえの様子がひどく気にかかって仕方がない。それでも慌てて駆け出していったなまえの様子に、自分の気のせいだと八重は頭を振ったのだった。










「アイツ……どこ行きやがった」



 息を切らせてぐるりと辺りを見回してみるが、肝心のなまえの姿は見当たらない。なまえの仕事場から家までの道を二往復したシカマルは疲れのためか頭を抱えて道端にしゃがみこむ。胸に湧き起こるのは焦燥感。タカナという存在が現れたことによって気付いた感情はより一層シカマルの心をはやらせる。早く、早く言わなければ──



「……ここで何をしておる、若造」



 どこかで聞いた覚えのある声に、シカマルは弾かれたように顔を上げた。そこにいたのは嫌悪感を隠すこともせず自分へと仏頂面を向ける一匹の忍犬と、その後ろで事態が把握できずにただ自分と忍犬へと交互に視線を遣る一人の少女がいた。



「パックン……」

「八重、家に入っておれ」



 八重──その名が耳に届いた途端、シカマルはハッと思い出す。あの夜、自分への怒りを露わにして食ってかかってきた女。それを窘める低い声は、今まさに目の前にいる忍犬が発したものと同じだった。



「お前ら……あん時の、」

「理解したようじゃな……帰れ。ワシも八重もお主と関わりを持ちたくない」

「……一応聞くが、なまえはどこだ?」

「……仮に知っていたとして、ワシらがお主に教えるとでも?」

「だよな……」



 なまえに辛い選択をさせた自分を見つめる忍犬の目が恐ろしいほど凄んでいた。それほどまでになまえを傷付けてきたのは自分なのだ。いまさら言い逃れするつもりなどない。



「フン……お主との約束がなければ、なまえも木の葉に帰ってくることはなかったろうに……」

「は……? それは、どういうことだ?」



 溜め息とともに呟かれた意味ありげな忍犬の言葉にシカマルが眉根を寄せて問う。途端に苦々しい表情を浮かべた忍犬が吐き捨てるように呟いた言葉に、シカマルは目の前が真っ暗になる感覚を覚えた──



「自分を殺そうとした者がいる里に、お主なら帰りたいと思うのか──」



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