「なまえちゃん!」

「あ……こんにちは」



 シカマルたちが向かっているとも知らず、なまえはいつものようにナルトが迎えにくるのを待っていた。そこに現れたのは昨日の男──タカナで、走ってきたのだろう、息を切らせ、その頬は上気していた。



「よ、良かった……もう、いないんじゃ、ないかと、」

「大丈夫ですか? 無理して喋らないほうが……」

「だっ、大丈夫!」



 人懐っこい笑顔を向けたタカナになまえもつられて笑みを零した。その瞬間目を見開いたタカナの頬は茹で上がった蛸のように真っ赤になり、口をパクパクさせてなまえを見つめている。



「……? どうしたんですか?」

「あ、ああ! いや! なんでも!」

「?」



 それでもタカナの頬の熱は収まらない。しばらく考えて何かを思い付いたのか、なまえはゴソゴソと自分の鞄を漁り始めた。



「どうぞ?」

「え……」



 おもむろに差し出されたのは小さな水筒。訳が解らずなまえと水筒に交互に視線を遣るタカナになまえは小さく笑みを零す。



「喉、渇いてません?」

「あ、ああ! ありが、とう」

「どういたしまして」



 なまえの笑顔に再びタカナの頬が熱くなる。それをごまかすように一気に水筒の中身を飲み干すとようやく鼓動が落ち着き始め、タカナはなまえに向き直る。



「あの、さ……」

「はい?」

「昨日は、ごめん……勝手に約束、押し付けて……」



 言われてなまえは昨日のことを思い出す。嵐のように現れ、嵐のように去っていった目の前の男にただ茫然としていた自分。家に帰ってからナルトに話を聞いた自来也に問いつめられ、訳が解らないままに危機感を持てとお説教まで受けた。今日もついてくると言って聞かない自来也をなんとか宥めすかして朝から大変だったと苦笑を零す。



「大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで、」

「ご、ごめん! オレ、すぐに見境いなくしちゃうから……」

「いえ、羨ましいです。自分の思ったこと、すぐに行動できるのって……」

「なまえちゃん……!」

「あ、もう水筒いいですか?」

「……はい」



 何故かガックリうなだれるタカナになまえは首を捻りながらも水筒を鞄にしまい始める。そんななまえの行動にタカナは自分が男として認識されていないことを嫌でも実感させられた。いや、でも──まだ知り合って二日しか経っていない。突然声をかけた自分を男として認識しろというのもよく考えれば無茶な話だった。これは長期戦になるのを覚悟しないといけないようだとタカナは拳をぐっと握りしめた。のんびりと人の流れを見つめるなまえの横顔はそんなタカナの気持ちに反して穏やかだった。



「あのさ、なまえちゃん……」

「はい」

「昨日の男の子……彼氏じゃないって言ってたよね?」

「ああ……はい、違いますよ」

「じゃあさ……す、好きなヤツとか……いるの?」



 口にした途端にタカナの頬には再び熱が集中し始めた。心臓が激しく脈打ち、視線は地面から離せない。脳内ではもうひとりの自分が今のタイミングで聞いたらバレバレだと騒いでいるが、そんなこと構わなかった。けれど隣にいるはずのなまえは一向に言葉を発しない。訝しく思いながらおそるおそる顔を上げたタカナの目に映ったのは、切なげな色をその瞳に映し苦しそうに眉間を寄せたなまえの姿だった。



「なまえ……ちゃん?」

「……いませんよ」

「え……」

「好きな人なんて、いません」



 苦しげに呟かれた言葉にタカナの胸の奥がつきりと痛んだ。微笑んだその表情は無理をしているのが明らかで、タカナはなんと声をかけていいのか解らない。ただ、その切ない表情を見たくない、そう思った。



「……なよ、」

「え……」

「嘘、なんだろ?」

「タカナ、さん」



 きゅうきゅうと胸が締め上げられる感覚になまえは思わず俯いた。シカマルに対する想いが今にも溢れ出しそうで唇をぐっと噛みしめて堪える。



「嘘じゃ、ありません」

「なまえちゃ、」

「タカナさん──」



 顔を上げ、まっすぐ見つめるなまえの目にタカナは言葉を失った。先ほどまでの苦しげな表情など微塵も感じさせない強い意思を持った瞳は、タカナにこれ以上問うことを許さなかった。



「失礼、します」

「あ……」



 走り去るなまえの背中をタカナは追いかけることができなかった。ただ、なまえの触れて欲しくない部分に土足で立ち入ったことだけは間違いない。それがひどく心に引っかかった。



「なまえちゃん……」



 先ほどの苦しげななまえの表情を思い出し、ひとりなまえの去った空間で立ち尽くす。胸には激しい後悔の念とともに、なまえの胸中を支配する誰かに対してのどす黒い嫉妬の炎が渦巻いていた──



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