「あ、あの……っ!」



 翌日の仕事終わり、店を出たなまえは背後からの声に足を止めた。振り向けばそこにはここ数日店に足繁く通ってくれている若い男の姿。視線が合ったことでなまえはようやく自分に声をかけられたのかと思い立った。



「……私、ですか?」

「あ、そ、そう!」



 顔どころか耳まで赤く染めた男はひどく緊張しているのか、ぎこちない足取りでなまえへと歩み寄る。一瞬身構えたなまえだったが、それよりも早く男の手が伸びたかと思うとなまえの両手は男の掌に包まれていた。



「あっ、あの!」

「は、はい……」

「っ、……」



 思わず男の大きな声につられて返事をしたものの、なまえは内心怖くてたまらなかった。人との接触に慣れてきたとはいえ口をきいたこともない、顔を知っているだけの男に話しかけられる理由などまるで思い付かない。しかも男がそのまま黙り込んでしまったことで、なまえの恐怖心は増す一方だ。今すぐ男の手を振り払って逃げ出してしまいたいと、握られた手に力がこもる。



「オレ……オレ、タカナっていうんだ! 良かったら、名前、教えてくれないかな!?」

「……はい?」



 その思いがけない言葉になまえは思わず目をぱちくりさせて男を見上げた。相変わらず茹蛸のように真っ赤な顔はまっすぐ自分を見つめている。しかし、なぜ自分の名を教えて欲しいと男が請うのかなまえには理解できない。常にシカマルを想い続けてきたなまえにとって、逆の立場になるなど発想すら浮かばないのだろう。



「オレ……たまたまあの店で君のこと見て、それで、あの、と、友達になりたいなー……なんて、」

「友達、ですか……?」

「う、うん! そう!」



 男の言う「友達」という言葉の裏に、違う意味合いの好意が込められていることなどなまえは気付かない。それだけ縁のない人生を歩んできた訳だが、シカマル以外の男など自分に危害を加えない限り、まったく眼中に入れてこなかったのだから仕方ないと言えば仕方がなかった。



「……友達、なら……」

「ほ、ホント!?」

「? はい」

「い……いやったあーっ!」



 大げさな程に喜ぶ男になまえは再び目をぱちくりさせた。自分よりも遥かに年上に見える男が子供のようにはしゃぐ姿に思わず笑みが零れる。男もさすがにはしゃぎすぎたと気付いたのか恥ずかしそうに頬を掻いた。



「ごめん……オレ子供みたいだったね」

「あ、いえ……」

「えっと……それで、名前、聞いてもいい?」

「あ、はい、」

「なまえちゃーん!」



 名乗ろうと口を開いた瞬間、聞こえてきたのは自分の名を叫びながら走ってくるナルトの大きな声。とっさに振り向いたなまえの反応に男はほんの少し顔を歪ませた。



「なまえちゃん、か」

「え、あ、はい」

「あの男の子ってさあ……なまえちゃんの彼氏、とか?」

「え、か、彼氏!?」

「違うの?」

「ちち、違います!」

「ふーん……」



 指を口元に押し当てた形のまましばらくなまえをじっと見つめた男はなまえの言葉に嘘がないことを確信したのだろう、人懐っこい笑顔を浮かべて再びなまえの手を握りしめた。一方のなまえは男の行動が突飛すぎて、理解するどころか混乱しかけていた。



「なまえちゃん! オレ明日も店に行くから!」

「え? あ、はい……」

「仕事終わったら、また話せない、かな……?」

「なまえちゃーん? 迎えに来たってばよー?」

「少しでいいから。ね?」

「え、あ、う、」

「なまえちゃーん!」

「じゃ、明日ね!」

「あ……」



 嵐のような時間だった。ナルトが近付いてきたこともあっただろうが、半ば押し切る形で明日の約束をなまえに告げた男は嬉しそうに手を振って走り去る。それを茫然と見送るなまえはその場に突っ立っていることしかできなかった。



「なまえちゃん! 見つけたってばよ」

「あ、ああ……ナルトくん」

「……どうかしたんだってば?」

「いや……嵐のような人だったなあと思って……」

「は? 誰かいたんだってば?」

「うーん……」



 頭を捻るもなまえにはやはり男の意図が解らなかった。年頃の女性ならばすぐに男の行動の裏にある好意に気付けるのだろうが、残念ながらなまえは恋愛スキルなどまだ身に付けてはいないのだ。結局、考えても解らなかったなまえはナルトに先ほどのことを素直に話し、どういう意図があるのかを聞くことにした。しかしその話を聞いた途端、血相を変えたナルトは自来也に報告しに走っていってしまい、結局なにも解らないまま、なまえは首を捻りながら帰路についたのだった。



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