ちゃぽん。暖かい湯に体を沈めてなまえは一日の疲れを癒やしていた。じわじわと染み渡る温度が肌に心地良い。



「三日後、か……」



 ふう、息を吐きそのまま天井を仰ぐ。浮かんでくるのは自分を気遣うシカマルの言葉。噛みしめるようにそっと目を閉じたなら、ナルトやチョウジたちに向けられたシカマルの穏やかな眼差しが瞼の裏に鮮やかによみがえる。



「仲間、だもんね」



 シカマルの優しさに触れる度、幾度となく言い聞かせてきた言葉。そこから先に一歩でも踏み出せば、今度こそシカマルとの繋がりは断ち切られてしまう。それだけはなんとしても避けたかった。どんな関係でもシカマルと繋がっていられるなら自分の想いを殺すことなど何でもない。たとえこの関係が一生変わらないものだと解っていても──











 湯船から上がり鏡の中の自分と向き合う。シカマルのことを考えていたせいだろうか。なんとも情けない顔をした自分が映っていた。仲間という選択をした後悔と、微かな希望に縋りつこうとするその目になまえは自嘲の笑みを零す。

 ぱあん! 小気味よい音が浴室に響き渡った瞬間、なまえはぐっと歯を食いしばり、鏡の中の自分をきつく睨んでいた。



「大丈夫。まだ、大丈夫だ、よ」



 それは、悲しい儀式だった。ともすれば溢れそうになるシカマルへの想い。泣かないと決めた心が崩れそうな時に必ずなまえはこうして自分を抑え込む。そうしていつも頬が赤く腫れ上がるのも構わずに、鏡の中の自分が普段通りの表情を浮かべられるまで、その音が止むことはない。それは今日も同じだった。



「大丈夫……まだ、笑える。大丈夫、でき、る……」



 まるで幼子に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返される言葉。苦渋に満ちたその声は、ただ湯煙とともに空間に掻き消えていくのみだった──










「お姉ちゃん……」

「八重、行ってはならん」



 浴室から聞こえてきた音に思わず立ち上がった八重をパックンが窘めた。八重は今にも泣き出しそうな表情を浮かべてパックンに向き直る。今すぐ飛んでいって止めさせたい。その思いが八重の心を焦らせる。



「だって……」

「今のなまえはああすることでしか自分を保てんのだ。辛いだろうが解ってやれ」

「っ、なん、で……? なんで、お姉ちゃんだけが我慢しなきゃいけないの?」

「八重……」

「だっておかしいよ! お姉ちゃんが誰を好きだろうとお姉ちゃんの自由じゃないの?」



 ぽたぽたと八重の目から零れた雫がいくつもの染みを畳に作っていく。自分が好きだからといって相手も必ず自分を好きになってくれるとは限らない。幼くても八重もそんなことは解っていた。けれど少なくとも好意を持つこと自体は自由なはずだ。それをまるで罪だと言わんばかりのなまえの行動が八重は悲しかった。人を好きになること、信じることへの憧れを八重に与えてくれたのはなまえの背中だったからだ。



「見て、られないよ……」

「八重……」



 震える小さな体がパックンは愛おしかった。なまえのために心を痛め、涙する八重の姿にパックンの胸もちくりと痛む。それでも他人が手を出すべきではない。なまえは今、痛みの中で必死に前に進もうとしているのだ。



「それでもいつかはと……ワシは、信じとる」

「パックン……」

「お主も、信じてやれ」

「う……う、ん、うん……」

「だから、泣くな。なまえが心配する」

「っ、う、うん」



 ゴシゴシと目元を袖で拭ううちにいつしか浴室からの音も止んでいた。それにホッと安堵の息を吐いたなら、なまえが戻ってくる前にと八重はパックンとともに布団へと潜り込んだ。微睡み始めた意識の中、なまえの悲しい儀式が二度と行われないことを願いながら──



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