「カカシ先生すみません……あいにくお昼終わっちゃって……」

「あーうん、大丈夫。それより、オレなまえちゃんの先生じゃないよ?」

「あー……ナルトくんがいつもそう呼んでるから、」



 移っちゃいましたかね。そう言いながら笑うなまえにカカシも笑みを返した。
 一時期のなまえを思えば人との接触も上手くなり表情にも明るさを取り戻したように見える。しかしそれはあくまで表面上のことであり、隠した想いのかけらに少しでも触れてしまえばきっとすぐにでも崩れてしまうのだろう。先ほどヤマトの発言によって見せた表情がそれを物語っていた。だからこそ、その空気を崩そうとカカシは店に入ったのだ。もちろん腹など減ってはいない。余計な仕事を増やしてくれた後輩はとりあえず後で何か奢らせるとして、今は臑を蹴っておくだけに留めておくことにした。これだけで済ませてやる自分は良い先輩だ。にっこり笑い、ヤマトが涙目になって睨んでいるのを視界には敢えて入れずにカカシはヤマトの手元にある弁当に視線を遣った。



「あれー? ずいぶん小さいお弁当じゃない?」

「あ、これはなまえが……」

「……ふーん」



 もちろん会話はすべて聞いていたため、それがなまえの弁当なのは知っていた。けれど何故かそれをヤマトが食べているのが面白くない。例えるならば自分のお気に入りのおもちゃを他の子供に先に取られたような、どこか独占欲じみた感情がカカシの心に渦巻いていた。



「なまえちゃん。オレもなまえちゃんの手料理が食べたいなー……」

「あー、……ごめんなさい。もうヤマトさんにあげちゃったから、」

「うん、解ってる。だから今度ね?」

「今度?」

「うん、楽しみにしてるから」

「……味の保証はしませんよ?」

「いいのいいの」



 約束をとりつけたことでカカシの胸に渦巻く独占欲はとりあえず収まりを見せた。しかしカカシのその有り得ない言動に再びテーブルの下で臑を蹴られるまで、ヤマトは箸を持ったまま固まってカカシを凝視していたのだった──












 片付けも終わり女将さんに一言断ってなまえは店を後にした。いつもの待ち合わせの時間はとうに過ぎており、息を切らしながら小走りで待ち合わせ場所へと急ぐ。



「遅いってばよ!」

「ご、ごめん、ね……」



 早朝から夕方になる少し前までがなまえの勤務時間だった。普通ならばまだまだ明るいこの時間帯、それでも心配性な保護者に感化されたのか、過保護になりつつあるナルトはそれでも心配らしい。



「まだ明るいから平気なのに……」

「ダメだってばよ! なんかあったらどうするってばよ!」

「はあ……私これでも十九なのに」



 溜め息を零すなまえを横目にナルトもまた溜め息を零しかけた。十九だからこそ、と言いたいのをぐっと堪える。世間一般で自分が所謂お年頃と言われる年齢だということを理解していないのだろうか。ましてやナルトの中のなまえはいつでも誰に対してでも優しいという認識しかない。その優しさに付け込もうとする輩がいないとも限らないのだ。



「とにかくダメだってばよ!」

「はいはい、解りました。ところで商店街に寄っていきたいんだけどいい?」

「商店街?」

「うん。今日も夕飯食べてくんだよね?」

「……いいってば?」

「? もちろん」

「へへ……オレ今日は唐揚げが食べたいってばよ」

「了解。じゃ、行こっか」

「おう!」



 夕暮れの迫り始めた道は少しずつ景色を橙色に染めていく。少し前を歩くなまえの背中は楽しげに見えた。



「楽しそうだってば?」

「うん? そうだね、弟ができたみたいで楽しいよ」

「お、弟?」

「うん!」



 にっこり笑うなまえにナルトは脱力した。もちろん下心など抱いてはいないが自分だって男だ。なまえにとっては異性なのだ。今さらながらなまえの異性に対する認識の薄さにナルトは溜め息を零した。やっぱり自分がなまえを守らなければ。どこの馬の骨とも解らないヤツになまえは渡せない。そう考えた時点で、ナルトもまたなまえを姉のような存在だと認識していることに気付いていない。けれどこのやりとりでナルトの心配性にますます拍車がかかったことだけは紛れもない事実だった──



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