パックンと並んで急いで走る八重の胸にはどす黒い怒りが渦巻いていた。友達と散歩に行くと言って出て行ったなまえが数時間経っても帰ってこないことに不安を覚えた八重は、渋るパックンに無理やり頼み込んで後を追った。ようやく辿り着いた公園で偶然ふたりの会話を聞いてしまった八重は、幸せどころかどうしようもない現実に苦しむなまえの姿に頭が真っ白になった。なまえが駆け出していく際に見えた目元に光る雫。それは八重の胸に宿る希望に亀裂を入れるとともに、なまえを泣かせたシカマルへ怒りの感情を抱かせるには充分なものだった。 「パックン……お姉ちゃん、本当に仲間でいいのかな……?」 「八重」 「……なに?」 「お主がなまえを慕う気持ちも解る。しかしなまえが決めたことに口を出してはならん」 「っ、解ってるよ!」 フン、鼻を鳴らしながら八重を一瞥したパックンだったが、それでも本心は八重と同じだった。自分とこれから仲間という関係になるなら──それ以上の関係を望まないなら──それは言外に含まれた交換条件だった。自分は無傷なまま、なまえに選択させるそのやり方がパックンは気に入らない。なまえの好意の上に胡座をかいて見下ろしているようで気分が悪かった。しかしなまえはそれでもいいと言った。自分を恋愛の対象と見てもらえなくても、シカマルの傍にいることをなまえは望んだのだ。その心中はもはやパックンには測りかねた。 「女心は……理解できん」 ぽつり。八重に聞こえないよう小さな声で呟いたなら、パックンはひとつ溜め息を吐いた── 走り出してから十数分、なまえはようやく足を止めた。どくどくと煩い鼓動は、痛いほどなまえの心臓を締め付けている。自分で自分の体を抱きしめ、唇を噛み締めたならなまえは先ほどのシカマルとの会話を思い出していた。 どうしようもなかった。仲間でもいいと答えるしか選択肢はなかった。きっとそれこそがシカマルの望んだ答えだったから。はっきりとは言われなかったものの、シカマルの言葉に拒絶の意志が含まれていたことになまえは気付いていた。 ふらふらと家に帰るでもなく歩を進める。今の状態で自来也や八重に会いたくない。きっとまた心配させてしまう。自来也はともかく、小さな八重には余計な心配をかけたくなかった。 「……私って、どこに行っても誰かに迷惑かけちゃうんだなあ……」 自嘲するように笑ってなまえは空を見上げた。いくつもの星が瞬いて幻想的な光景が広がる空に、なまえは懐かしい情景を思い浮かべる。 ──なんの躊躇いもなく繋ぎ合った手と手。悲しい時は泣き、嬉しい時は笑う。その傍にはいつでも安心できる温もりがあったのに── 「……なまえちゃん?」 空を見上げたまま動かないなまえの背後から聞こえてきたのは訝しげな声。ゆっくりと視線を下ろせばふくよかな体に人好きのする顔が視界に映った。 「チョウジ、くん」 「何してるのこんな時間に! 危ないじゃない!」 「あ……うん、そうだ、ね……っ、」 「なまえちゃん!?」 ぽろぽろと、なまえの意志とは関係なく温かい雫が頬を伝っていく。それは叱られたことに驚いた訳ではなく、純粋に自分を心配して叱ってくれたチョウジに安堵しての涙だった。 「ごめ……ごめんね、なんでもないの、おっかしいな、止まんな、い……あ、はは……」 「なまえちゃん……」 「……チョウジくん、の顔見たら、なんか安心しちゃっ、て……」 溢れ出した雫はもはや自分では止めようがなかった。拭っても拭っても溢れてくる雫は地面にいくつも吸い込まれていく。 「……ボクは何も見てない」 「え……」 「ボクはまっすぐ家に帰ったし、誰にも会わなかった」 「チョウジ、くん」 「だから、誰かがここで泣いていたとしても、ボクは何にも知らないんだ」 「……っ、」 チョウジの優しさになまえは今度こそ涙が止まらなくなった。理由を問うこともなく、ただ待っていてくれる背中が大きく見えて、なまえは縋るようにその背に額を押し当てた。 「ごめ、ん……もう、泣くのは最後に……するから、今だけ、いま、だけ……っ、」 「……」 なまえの悲痛な声をチョウジはやるせない思いで聞いていた。最後──そうなまえに言わせるだけの何かがあったのだ。そして、恐らくそれには自分の親友が関係している。 震える体を背に感じながらチョウジはふと夜空を見上げた。満天の星空は、まるでなまえの涙を散りばめたようにどこまでも悲しい光を放っていた── . |