なまえの笑顔にシカマルは胸が痛んだ。これから話すことはきっとまたなまえの想いをズタズタにしてしまうだろう。それでも話さなければ、この先なまえがもっと苦しむことは目に見えて明らかだった。



「……今からお前にとって少しキツい話になるかもしれねえ……けど、聞いてくれっか?」



 真剣な面持ちで切り出したシカマルに一瞬なまえの肩が揺れた。けれどシカマルが謝罪をしてきた時点でなまえは薄々気付いていた。きっと自分にとって辛い選択を迫られることを。
 すう。覚悟を決めたなら、なまえはひとつ息を吸い、シカマルを見つめ静かに頷いた──









 さっきまでいのと座っていたベンチに座り、お互い無言のまま木の葉の里を眺める。夕陽はとうに姿を隠し、家々の窓からは小さな灯りが漏れていた。



「……オレはまだ、お前との約束を思い出せねえ」

「……うん」

「もしかしたらこの先ずっと、かもしれねえ」

「……うん」

「お前の想いに応えられる日なんて、この先……いや、一生こないかもしれねえんだ」

「っ、」

「それでも、オレはお前を仲間として放っておけねえ」

「なか、ま……」



 ぽつり。シカマルの言葉を反芻する。覚悟はできていたつもりだったが、いざシカマルの口からそう言われなまえの心臓はその苦しさに悲鳴を上げていた。今すぐ縋り付いて、自分だけを見て欲しい、仲間なんて嫌だと叫びたい。唇を噛みしめ、拳を強く握り締めて、なまえは必死にその思いと戦う。



「ああ……仲間、だ」

「……」



 シカマルの言葉がなまえの胸を激しく突き刺す。それは、拒絶よりも優しく、残酷な言葉だった。ここで仲間という関係を拒めば、今度こそもうシカマルとの繋がりは消滅するも同然となる。シカマルも解っていながら敢えてそれを口にした。希望など持たせてはきっと一生なまえは自分を待ち続けるだろう。そんな万にひとつの可能性に賭けるよりも、さっさと見切りをつけてくれたほうがお互いのために良いと思っていた。



「それ、でも……」

「……」

「仲間でも、いい」

「お前……」



 俯いて答えたなまえの表情は闇に紛れて解らない。けれど震える声がその表情が決して明るいものではないと示している。



「今までのこと、全部忘れて」

「っ、」

「私も……忘れる、から」

「なまえ……?」

「ごめん、ね? もう帰らなきゃ、」



 素早く立ち上がったなまえはそのまま振り向くことなく走り出した。思わず手を伸ばしたシカマルだったが、それは虚しく空を切る。後に残ったのは小さな胸の痛み。これで良かったのだと思う心と、なまえをまた傷付けてしまったという罪悪感がないまぜになりシカマルの心をこれでもかと締め付ける。



「これで……良いんだ」

「そんな訳……ないじゃないっ!」

「っ!」



 暗闇の中、突如として聞こえてきた高い声にシカマルははっとして振り返った。聞き覚えのないその声は明らかに自分に向かって怒りを露わにしている。



「……誰だ?」

「誰だっていいでしょ! なまえお姉ちゃんを泣かせるヤツはあたしが許さない!」

「八重、止めろ」

「パックン! だって、」

「それはなまえとそこの若造の問題だ。ワシらが口を挟んではならん」

「……っ!」

「帰るぞ。なまえが心配する」



 渋い声が高い声の主を諭すように宥めた。それに対してまだ何か言いたげだった高い声の主は渋々黙り込む。



「若造」

「あ?」

「……お主の気持ちも解らんではない。しかし女に選択させるなど情けないぞ」

「……お前らに何が解る、」

「解らんさ、ワシはお主ではない。ただ男としての衿持を言ったまでだ」



 帰るぞ。そういって声の主たちの気配は遠ざかっていった。後に残されたシカマルはその気配が消えるまで、茫然と見送ることしか出来なかった──



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