心臓がばくばくと煩いほどに鳴っている。目の前に現れた影がシカマルだと理解した途端、言いようのない感情が胸を支配して、なまえは声を発することさえ出来ずにただ立ち尽くしていた。何故。どうして。まるで自分がここにいるのが解っていたようなシカマルの口ぶりになまえの脳内には疑問しか浮かばない。



「悪かったな、いの」

「……ちゃんとやんなさいよ」

「ああ」

「……なまえちゃん」



 茫然とふたりが言葉を交わすのを眺めていたなまえへと向き直ったいのはそっとその手を包み込んでなまえの名を呼んだ。誘われるように顔を上げたなまえは、慈しむような笑顔の中、瞳だけが真剣な光を放っているのに気付いた。



「ごめんね……? でもアイツの話……聞いてやって」

「……」

「シカマルとふたりが嫌なら、あたしもここにいるから……」



 心配そうに顔を覗き込んでくるいのの瞳をなまえは直視できなかった。こんなにも自分のことを気遣ってくれるいのに対して自分はどうだろうか。嬉しいと思う反面、あまりにも自分が情けなくて悔しくて、なまえは唇を噛んで首を横に振った。
 いつまでもひとに甘えるばかりではいけないのだ。自分の置かれていた環境を言い訳にしてはいけない。もう自分は子供ではないのだから。ひとつ大きく息を吸うと、意を決したようになまえは顔を上げた──









「……」

「……」



 しぶしぶ公園を後にしたいのを見送った後、なまえとシカマルはお互いに無言で向き合っていた。何か話さなければと思うのだが胸になにかがつかえて思考すらままならない。それ以前にふたりの間に流れる緊張感に押し潰されそうだった。



「あの、シカ、」

「悪かった」

「!」



 堪えきれずに切り出したなまえの耳に飛び込んできたのは予想もしていなかった言葉。あまりの衝撃になまえは緊張など忘れてはっと顔を上げた。眉根を寄せて苦渋の表情を浮かべたシカマルの顔になまえは思わず息を飲む。



「シカ、マル……?」

「……わる、かった……」



 たった五文字の言葉がぐるぐるとなまえの脳内を駆け巡る。なにか返さなければと思うも、なにも言葉が思い付かない。そもそも何故シカマルが謝るのか。勝手に想いを押し付けたのは自分なのに──



「ち、が……違う、よ」

「……え?」

「シカマルが、あやまることなんて……な、い……私が、勝手に……っ、」



 ぽたり。堪えきれずに零れ落ちた雫が地面にひとつ染みを作る。その後を追うようにいくつもの雫がとめどなく落ちていく。こころが、溶けていくようだった。
 言葉にならずただ雫を落とし続けるなまえをシカマルは黙って見つめていた。なまえの姿を見るのはあの日以来初めてで、震える肩が以前よりも細くなっている。それだけ追い込まれていたのだと思うと、シカマルは感情に任せてなまえを傷付けたあの日の自分を殴ってやりたい衝動に駆られた。



「ごめんな、さい……」



 謝罪を口にしたなまえにシカマルは黙って首を横に振った。自分との約束を十三年という長い年月忘れることができなかったなまえと、周囲に愛されて育った自分との環境では何もかもが違い過ぎる。自分は幸せ過ぎたのだ。だからこそなまえの必死な愛情を疎ましく感じて突き放してきた。それがどれだけなまえの傷を深く抉っていたかも知らずに──



「忘れてて……当たり前だって、解ってた……それでも、私を……思い出して欲し、かっ、たの」

「……」

「だから、ごめんなさい」



 まっすぐ前を向き、まっすぐシカマルを見つめ笑顔を見せたなまえの瞳は澄んでいた。泣き腫らした目元は赤くひどい顔をしていたが、それでもシカマルはその瞳を綺麗だと思わずにはいられなかった。それは、強い意志を持った人間の瞳だった──



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