誘われるままに家を出て、途絶えることのないいのの話に相槌を打ちながら辿り着いたのは小高い丘にある公園だった。夕方と呼ぶにはまだ早い時間、園内には子供たちの楽しそうな声がそこかしこから聞こえてきて。僅かに傾きかけた日差しはそんな子供たちに優しく降り注いでいた。
 公園の一角、眼下に家々が広がる広場まで歩み、ベンチに腰掛けたところでようやくいのの話が途切れ、どちらともなく沈黙したまま園内の平和な風景を眺める。



「のどかだね……」

「うん」



 流れる雲へと視線を移してぽつり呟いたなまえに同意しながら、いのは内心焦っていた。とりあえず連れ出してきて欲しいとシカマルに頼まれて指定された公園へとやってきたが、肝心の当人の姿が見当たらない。ここへ来るまでの道中で話のネタが尽きてしまったいのは、変わらず空を見上げるなまえがいつ帰ると言い出すか気が気ではない。そっとその横顔を盗み見ながら、未だ姿を現さない幼なじみに無駄とは思いながらも早く来いと念じてみる。しかし無情にも時間ばかりが過ぎていくだけで、気が付けば辺りは夕焼け色に染まっている。無言で空を眺め続けていたなまえもゆっくりと立ち上がり伸びをひとつするといのに向き直った。



「いのちゃん、私そろそろかえ」

「だ、だめ!」

「え?」

「あ、あー……もう少し、ね!?」

「でも、夕食の準備もあるし……」



 ごめんね──? 申し訳なさそうに謝るなまえに仕方なくいのは首を横に振った。せっかく機会を作ったいのとしては心残りだが、謝ると言った本人がここにいない以上どうすることも出来ない。歯がゆい思いを抱えながらも、いのは歩き出したなまえの背を追いかけた。



「送ってく!」

「え……大丈夫だよ、まだ明るいし」

「いいから、行こう?」

「? うん」



 いのの態度を訝しく思いながらも、久しぶりにゆったりとした時間を過ごせたなまえはいのが隣に並ぶのを待って歩き出す。どこか申し訳なさそうな表情を浮かべるいのの心中などなまえは知る由もない。ただ、自分のことをいのが気にかけてくれていたことが単純に嬉しかった。



「……ありがとうね」

「え?」

「ううん、なんでもない」



 小さく呟いた声はいのの耳には届かなかったが、それでもいいとなまえは首を振った。思えばいのには情けない自分の姿しか見せていないような気がして、これじゃどっちが年上かわからないとなまえは苦笑を零す。



「今晩のご飯、なんにしようかなあ、って」

「なまえちゃんが作ってるの?」

「うん、自来也さまともうひとり小さい子がいるんだけど、ふたりとも料理は……」

「そっか、なまえちゃんは自来也さまとその子のお母さん代わりなんだ」

「お母さん代わりって……」



 目をぱちくりさせるなまえにいのは思わず吹き出していた。やっぱりなまえはなまえだと、そう思わずにはいられなかった。笑い続けるいのになまえもまた、ずっと忘れていた感情が込み上がり気が付けばふたりして顔を見合わせて笑い合っていた。それは久しぶりに見せる心からの笑顔だった──










「帰ろっか」

「うん」



 ひとしきり笑った後、ふたりはどちらともなく手を繋いだ。感じる温度は心までもほかほかと暖かさに満たされていく気がして心地良い。
 いよいよ夕暮れが少しずつ暗闇へと浸食されていくのに気付いて帰ろうと顔を上げた瞬間、なまえの目に人影が飛び込んできた。その人影はひどく焦った様子で忙しなく辺りを見回している。
 待ち合わせにでも遅れたのだろうか──逆光ではっきりと姿は見えないものの、その動きが気になりなまえは目が離せない。足を止め、じっと見ているなまえに気付いたのだろう、不意に視線がこちらへ向いたかと思うと、その人影がゆっくりと、けれど確実になまえといののいる方へと歩みを進めてきた。



「悪い、遅れた」



 その声が耳に届いた瞬間、なまえは頭が真っ白になった。未だ逆光で顔すら解らないその人影の声は紛うことのない聞き覚えのあるものだった──



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