「こんにちはー」



 八重が来てから三日後、玄関から聞き覚えのある声がしてなまえは顔を上げた。それは紛れもないシカマルの幼なじみ、山中いのの声で。シカマルに拒絶されたあの日のことが瞬時になまえの脳裏をよぎる。あの時の自分をいのはどう思っただろうか──緊張した面持ちで、なまえはごくりと唾を飲み込んだ。



「なまえちゃーん?」



 尚も玄関からは自分を呼ぶいのの声が響いて、なまえの隣にいた八重は立ち上がる気配のないなまえに首を傾げた。



「お姉ちゃん、お客さんみたいだよ?」

「あ、う、うん……」



 八重に促されて、なまえはのろのろと立ち上がり玄関の方へと視線を向けた。扉一枚隔てた向こうから未だいのの声が聞こえる。
 いっそこのまま諦めて帰ってくれたら──しかし今のこの状態からして、それはなさそうだ。すう。ひとつ大きく息を吸うと、意を決したようになまえの足はようやく玄関へ向かって動き始めた──








「……はい、」

「なまえちゃん! 良かった居たんだ」

「いのちゃん……」

「元気、だった……?」

「う、ん……」



 曖昧に笑うなまえの表情は決して元気な人間のそれではなかった。はじめて会った時に見た屈託のない笑顔とは違い、明らかに無理をしている。そうさせているのは自分の幼なじみの言動によるものだと知っているいのは僅かに眉を寄せた。



「あ、の、こないだは、ごめんなさい……」

「ああ、全然? むしろこっちが謝らなきゃ」

「そんな、だって」

「なまえちゃん」



 なまえの言葉を遮り、真剣な眼差しを向けたいのになまえは、怒らせてしまったかとびくりと体を震わせた。しかし次の瞬間、両手に感じた温かな感触。いのの手がなまえの手を包んでいた。驚いて顔を上げれば柔らかな表情をしたいのの視線にぶつかる。



「そんなに自分を責めないの、あれは本当にシカマルが悪かったんだから」

「いのちゃん……」

「アイツもさ、ちょっと虫の居所が悪かったっていうか……ごめんね、躾がなってなくて」

「う、ううん……」



 心底申し訳なさそうな顔で謝るいのに、なまえは首を横に振った。けれどシカマルと親しげないのの口振りに、否応なしに十三年という月日の長さを思い知り、知らず奥歯を噛み締める。
 自分も里を離れることなくシカマルの傍にいたなら──今頃は隣で笑い合っていられただろうか。顔も見たくないと思われるほど嫌われることもなかっただろうか。そう思うと幼なじみという関係でもシカマルの近くにいられるいのにさえ嫉妬する自分が情けなくて、なまえは顔を上げることも出来なかった。



「ね、散歩でも行かない?」



 唐突にいのの口から放たれた誘いになまえは内心首を捻った。もしかして散歩に誘うためだけに、いのはここへとやってきたのだろうか。キバたち同期と顔を合わせたあの日の夜から、まともな外出などしていなかった自分のことをいのが知っているとは思えない。なのにこうして誘ういのの意図が解らず、なまえは戸惑っていた。



「なまえちゃん……?」

「あ、う、うん……」



 訝しげないのの声になまえは慌てて顔を上げた。自来也とパックン、そして八重が来たことでなまえの心は少しずつ解されてきている。しかし、それでもまだなまえは外に出ることに躊躇いを感じていた。木の葉の民はみんな優しい。それを理解していてもなお、体が勝手に拒否反応を示すのだ。



「……嫌、だった?」



 返事のないなまえに不安になったのだろうか。不安げないのの声が耳に届いて、なまえは思わず反射的に首を横に振っていた。途端、安堵したように微笑むいのの表情に、先ほどまで胸を支配していた嫉妬心は羨望へと変化する。自分の感情を素直に出すことなど許される環境ではなかったなまえにとって、自分の言動に一喜一憂して表情を変えるいのがただ眩しかった。



「行こ? なまえちゃん」

「……うん!」



 差し出されたいのの右手。こうして自分に向けられた温かさに僅かに視界が滲むのを感じながら、なまえは震える手をそっとその手に重ねていた──



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