その場にいる誰もが驚愕の表情を浮かべていた。なまえが里を出て母親の実家へと預けられた後、虐待を受けていたこと、八重を庇って川に投げ入れられたという事実に言葉すら出ない。ただ、重苦しい空気だけが部屋を包んでいた。



「なんで……っ、」



 突然、沈黙を破るように悔しさを滲ませたシカクの声が吐き出される。その表情は苦渋に満ち、シカクはやり切れない思いを誰に向けるわけでもなく、ただ苦々しく吐き出す。



「なんで、なまえなんだ……アイツは、何も悪いことなんてしてねえのに……っ、」

「シカク……」

「くそ……っ」



 拳を強く握りしめ、激しい後悔をその表情に浮かべるシカクを自来也も沈痛な面持ちで見つめる。シカクの言う通り、なまえはその生きてきた年数にそぐわないほど壮絶な環境の中に身を置いてきた。普通の子供ならそのひとつを体験するだけでもかなり精神的な傷を負うだろうと思われることが全てなまえの身に降りかかっているのだ。なぜ──そう思うのも無理はない。



「あんなことがなきゃ……なまえは今も笑ってた筈なのに……っ、」



 十三年前の事件。穏やかだったなまえの生活はそこから狂っていった。母親は無惨な姿に成り果て、自身も訳が解らないまま重傷を負わされた。唯一無二の肉親を亡くした悲しみに暮れる間もなく、なまえを待っていたのは虐待の日々。心がいくら悲鳴を上げても、差し伸べてくれる手もない孤独に何も言わずじっと耐えてきたのだ。



「そう悲観するな。現に今八重が来たことで少しずつだが己を取り戻しつつある」

「それでも……なまえが負った心の傷は癒やされることはあっても、消えることは、ない。違いますか?」

「……」



 鋭い眼差しで半ば縋るように見つめてくるシカクに自来也は黙り込んだ。シカクの言う通りだ。一度受けた心の傷はそう簡単に癒えるものでも、ましてや消えるものでもない。何とかしてやりたくても何もしてやれないのが現状だ。



「……オレはそうは思いません」



 不意にそれまで黙っていたカカシが口を開いた。瞳は天井を見据えたまま、何かを思い出すようにどこか遠くを見つめているように見え、その表情には穏やかさが宿っていた。



「……カカシ」

「あの娘は……なまえは、あなたがたが思っているよりずっと、強い」

「強い……?」



 こくり。シカクの言葉にカカシは深く頷いた。自分の忍犬をなまえの家に送り込んでからというもの、折りにつけカカシはなまえの様子を見に行っていた。もちろんパックンから報告は受けていたが、カカシ自身も心のどこかでなまえを気にかけていたのだろう。だからこそ見えた僅かな回復の兆し。無機質な表情はパックンと接することで少しずつ和らぎ、またパックンを介してではあるが人との接触も増えている。



「あの娘は、自分でも解っているんですよ。このままじゃいけない、と」

「……」

「いずれ自分で行動を起こすと思います。それまでは……見守るしかないんじゃないですかね」



 静まり返る室内。カカシの言葉にシカクも自来也も呆気に取られていた。守るべき存在なのだとずっと思ってきた。自分たちが守ってやらなければと。けれどカカシの言葉にそれは間違いだったと気付かされた。なまえはもう、子供ではないのだ。なまえ自身が過去を乗り越えていくのをただ黙って見守ることで、なまえの精神的な成長を促すしかないのだ。



「見てるだけっつうのも……つらいな」



 ぽつり。シカクの漏らした寂しげな声は、静かに室内に吸い込まれていった──










「そういえば、うちのいのが言ってたんだが……」



 シカクとは対照的にどこか嬉しそうに話し出したいのいちに視線が集まった。笑みを浮かべシカクへと意味ありげな視線を向けたいのいちは話を続ける。



「どっかの誰かさんがなまえに謝りたいって言ってきたらしいぞ?」

「……は?」



 いのいちの言う誰かさん。それはきっとシカマルのことだろう。思いもしなかった話の展開にシカクは目をしばたかせた。そういえば、と縁側に座って深刻な顔で考え込むシカマルを数日前に見たことをシカクは思い出す。その時は任務の作戦でも考えているのだろうと気にも留めなかったが、なるほど馬鹿は馬鹿なりに色々考えていたらしい。どうやらこちらも少しずつ動き始めているようだ。



「ふん……上手くいくといいがな」

「まあまあ、なるようになるさ。あ、饅頭食う?」

「チョウザ……空気読め」



 なまえもシカマルも自分がどうすべきか解っている。自分にできることは本当にただ見守るだけ。一抹の寂しさを感じながらも、それでもシカクの心は晴れやかで。その表情は子供の成長に目を細める親そのものだった──



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